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近所のラーメン屋がサボってばかりいる。

また今日も閉まっている。せっかくラーメンの食べ納めのためにやってきたのに、大体いつも来ると閉まっている。本当にサボってばっかりだ。俺と似てんなぁ。よくこれでやっていけてるもんだ。

しかし、味だけは別格。この街のラーメンでいちばん美味い。これだけサボってばかりいるのに、なぜいちばん美味いんだろう。サボっている間、ラーメン修行しているわけでもないだろうに。

このラーメン屋はフランチャイズ店らしく(丸快ラーメン)、おそらく店舗を借り受けていて、マニュアルで決まっているラーメンの作り方をしなければならないはずだが、別の場所の丸快ラーメンを食べに行った時は、ぜんぜん味が違かった。この店主が自分の好き勝手にラーメンを作っているから、他の店舗と味が違ってしまうのだ。好き勝手もいいところで、店内にテレビが設置があって、店主はいつもテレビを見ている。丸快ラーメンはテレビを設置しているフランチャイズチェーンなのか? と思ったが、他の丸快ラーメンに行ったときはテレビなど置いてなかった。しかし、うちの近所の丸快ラーメンの方がずっと美味しい。

営業しているときは結構混んでいる。営業していないときは、「今日は休業させていただきます」という張り紙が貼り出されていて、それを見た客が残念そうに去っていく。運転しながらも道路から張り紙が見えるため、そのまま通り過ぎていく客もいる。

店内はカウンター席が10席くらいの、こじんまりとした店である。居酒屋風というか、おでん屋の屋台に雨風を防げるように申し訳程度に木々を固めて箱形にしたようなもので、ログハウス風の手作り感がある。コメダをとても小さくした感じだ。

店主の年齢は40代前半くらい。中央の厨房に立ってラーメンを作っている。バイトや助手、奥さんのような人が手伝っている様子はない。店内いちばん奥の、厨房から見て、右側奥の売券機の上に27インチくらいのテレビがある。この主人は本当によくこのテレビを見ている。このコンプライアンスにうるさい時代に挑戦的だと思う。注文が入っていない時はじっくり見ているし、調理をしている時も、チラチラチラチラ見ている。皿を洗いながら普通に見てる。テレビの番組の内容はと言うと、相葉雅紀が鍋つかみのような、ジャムおじさんがパンを焼くときに使う手袋みたいのをはめて、助走をつけてジャンプして壁に張り付いて、1メートル行ったとか、2メートル行ったとか、それを食い入るように見ていた。嵐のファンなのか。

本当にのびのびとやっている。自分の怠惰というものを隠さない。「いらっしゃいませ」とは言ってくれるけど、顔は笑っていない。「テレビ見たかったのに」という顔をされる。ラーメンは独特だ。タマネギが大量に載っていて、味も少し辛い。しかしこれがちょうどいい辛さなのだ。なぜわざわざ辛くしているかわからないが、多分店主が自分でラーメンというものを食べたいと思ったとき、この辛さが好きだからだと思う。すごく趣味の味がする。このラーメンは、野菜ラーメンというわけでもないのに、野菜がたっぷり入っている。特に玉ねぎが多い。わざわざ野菜を炒めて、それを最後に麺の上に乗せる。ラーメンの上に炒め野菜がのっていると、少し豪華な感じがするし、お得感もある。おそらくこれも店主の趣味だろう。玉ねぎがたっぷり入っているラーメンが好きなんだろう。チャーシューは店で決まっているチャーシューを普通に使っているだけだと思うが、タマネギとニンニクと辛めのスープがうまく浸透していて美味しい。

おそらく店であらかじめ決められている調理法があるに違いないが、それを守っていない。レシピとかマニュアルとかはあるかもしれないけど、なんとなく材料が揃っていると、自分のカンで作りたくなってしまうものだろうが、この人もそういうテンションで調理場に立っているように思う。美味しいんだけど、なんか素人臭い。初めて作った人の味がする。

例えば、もしあなたがラーメンを作ることになって、厨房も渡され、材料も用意され、麺も好きな時間に設定して茹でてよく、チャーシューも好きに切ってよく、そんな環境を与えられて、まるでアイドルが番組の企画でやっているような感じで、まぁ、皆さんも、ラーメンなんてこうすればできるんじゃない? という自信はあるだろう。材料さえあれば、有名ラーメン店まではいかなくとも、そこそこのラーメンくらい作れてしまえると思うだろう。誰かに食べさせてみれば、「うん、美味しい、これ普通に美味しいよ!」という感想をもらえるだろう。この人も、初めにパッと、こんな感じにしてみようと思って、作ってみて、あ、なかなか美味しいじゃん、もうこれでいいんじゃね? これにしよ、という感じで始まって終わった。自分だったら、こんなの食べたいな〜ぐらいに思っていたものが、ちょうどみんなの舌を捉えることに成功していて、味に主張がない味というか、押し付けがましくない味で、こうすりゃ美味しくなるんじゃないの? と思って作ってみたらなかなか良く出来た、それ以来、満足して、一度も改良が施されていない感じの味だ。

と思って、調べてみたら、全然チェーン店でも、フランチャイズでもなかった。丸快ラーメンなんてものはこの店以外にどこにもなかった。俺はどこの別の丸快ラーメン屋に食べに行ったんだろう。なんかチェーン店っぽい名前のような気がしたから、盛大な勘違いをしてしまっていた。普通にただの個人でやってる店だった。そりゃそうか。いくらフランチャイズだとしても、勝手に店にテレビを設置していいもんじゃないだろうし。

看板には23時までと書いてあるが、俺はしょっちゅうこの時間を散歩するが、一度も明かりが付いているところを見たことがない。大体22時には閉まっている。今日は本当に、夜の部の営業があったのか、と気になってしまうほど静かだ。

客とは結構話す主人で、パチンコの話ばかりしている。サボってばかりいるのにパチンコの話をしたら、店が閉まっているとき=パチンコに行っているという評価になりそうなものだが、特に臆すこともなく、パチンコの話をしている。下手したら、「昨日出ましたよ〜」と客に言って、「え? 昨日? 確か、昨日は都合により休業しますって張り紙が書かれてたけど……」なんてことになりそうだが、まぁ、流石にそれほどバカじゃないか。

ある日、「熱いから気をつけてください、僕が下ろしますね」と店主が丼を手に持って、カウンターの向かいにいる客のテーブルの上に置こうとしたのだが、客がそれを手を出して受け取ろうとしたら、「僕が下ろします! 今、僕が下ろしますって言いましたよね!」と少し声を荒げていた。こういうときに人間の格式は現れる。熱々のラーメンの湯煙のように気が上空に舞い上がってしまい、本来の面目から離れてしまう。まぁ、受け渡しに失敗して、こぼれてラーメンをまた作り直すことになるのが面倒臭いのかもしれんが。

店主がテレビを見ながらラーメンを作っている姿から、たまたま霊視できたものだが、店主は中学、高校は勉強も部活もやらず、かといって恋をがんばるわけでもなく、おそらくバイク雑誌を広げて過ごした。

地元の工業高校で、大学の進学はしなかった。帰宅は放課後のベルとともに帰る。ルーズだが、帰宅する時間だけはラーメンの茹で上がりのベルのように正確で、同級生からも、終了ベルと共に帰宅する生徒として有名だった。「もう帰んの?」「帰んのはや」と周囲の男子生徒達から半笑いでからかわれる。しかしそれに対して、「なんか文句あるのかよ。俺が俺の時間をどう過ごそうが勝手だろ?」という野暮な返しをしない。自身の昼行灯キャラをよく理解していて、その上でその立ち位置に乗っ取り、すべてわかったふうに笑って肩にカバンをかけて教室を出ていく。女の子から、「○○くん、帰るの早〜」と言われた時だけは、少しだけ顔を赤らめる。「ごめんねー、○○君、早く帰りたいんだろうけど、文化祭の役のことでちょっとだけ時間欲しいんだけど」と持ちかけられた時は真面目に応じる。持ちかけてきた女の隣にいた女が、「ごめんね、一分一秒でも早く帰りたいよね?」とふざけて笑いながら言うと、「一分はともかく一秒だったらいいけど」と返す。するとみんなが笑う。そういった放課後の一抹の風景が浮かんできた。と思ったら、工業高校だから女子はいないか。

俺はこのラーメン屋に来るたび、カンボジアの郵便局の話を思い出す。

カンボジアの郵便局の職員は、客の目の前で平気でスマホをいじっているという。客が窓口にきた時は対応するけれども、それ以外は平気でいじっているという。当然、これは看過してもいいという習慣が国に根付いているということだ。

他人を厳しく取り締まるということは、自分の首を絞めることにもなる。良政というのは、法律が少ないことだ。

俺は、日本が統一される以前、藩とか小分けされていた時代に戻った方がいい、といつも思っている。そうすれば、ベーシックインカムを実行できる藩も生まれてくるかもしれない。

維新志士たちが命を落として日本を統一してくれたけど、外国の脅威が去った今、元のように分裂した方がいいだろう。日本国内で、カンボジアみたいな郵便局もあれば、さらに突き進んでいった監視社会による郵便局と、郵便局ひとつとっても、色分けされていくわけだ。そうすれば、何をどうすれば幸せになるか、はっきりしてくるだろう。この店主がリーダーを収める藩もあれば、小池百合子が収めるような藩があってもいい。

山奥に一軒カフェがあって、そこで一国一城の主となり、朝は太陽を拝み、昼は畑を耕し、薪を割り、夕方は落ちる夕日を眺め、その間に客が来ればコーヒーをいっぱい差し出す、そういう店がもっと必要だ。丸快ラーメンは、いい意味でも悪い意味でも、家庭の味がする。俺が自分で作ったようなラーメンの味がする。サボり魔どうし、舌が似ているのか。

仕事の仕事のためによる仕事によるコーヒーは不味いのだ。同じ材料と工程を経るならば、口に入れば同じ味だというのが世の通念だが、食べ物というものは、確かに、料理人の心が反映される。この前デイリーパスタでパスタを食ったら、死ぬほど不味かった。風俗嬢の作り笑いのような味がした。業務委託の自由業の出前館スタッフのように、まるで気のない、半開きの口で、前と後ろの車に挟まれながら、アクセルを握っているだけ。機械仕掛けの摩天楼。スパゲッティが奴らの伸びたちんこの皮かと思った。料理は材料通りに作ってみても、味が全然異なるのだ。じゃあ良い料理人と悪い料理人が同じ工程で作ったパスタを食べ比べして当てろと言われれば、ことごとく外すだろうがね。

市長だって、雇われみたいなものだろう。一つ一つの国に、全権を握る王様がいてもいいと思うけどね。今調べてみたところ、県はぜんぶで47個、市は1718個らしい。コンクリートがない国、車の代わりに馬を使う国。日本全体をそうしようったって無理かもしれないが、1718個の中で、3個か4個くらい、そんな国があってもいいだろう。

47国に分かれても良いが、個人的には1718個に分かれてしまった方がいいと思っている。日本国内なら行き来も簡単だろう。もちろん、海外と貿易したいところはすればいいし、鎖国を貫くところはそうすればいい。全てがきっちりうるさい監視社会じゃなくて、こういうところが棲み分けできればいいのだが。まぁ沖縄と東京で言えば、そういうことかもしれないが。忙しい人は忙しい人同士で互いに焦って、ルーズな人はルーズな人同士で互いに待たせ合っていればいい。と、このラーメン屋を見ていて思った次第である。

都市への過度な人口集中は公害、病気、犯罪の多発と農村の疲弊を招き、国力が不安定で弱体化するので、日本全国の地方々々に農工一体型の拠点をたくさん作り、(いわゆる多極分散型社会です )それらの基礎として、国民が玄米菜食を中心とした簡素な食事をし、健康を維持すべきであると説いたのです。しかし現状は、超高層ビル乱立の東京一極集中と、白米と肉の多食による不健康社会です。※ネットで拾った文章だが、書き手の方の紹介をできずに申し訳ない。

客たちは、何も文句は言わない。まぁ、他のラーメン屋に行けばいいだけだ、さすがに3日連続で休んでいる時は驚くが、驚くだけだ。特に何も言わない。テレビを見ていようが、何も言わない。作ってくれさえすればいい。この息苦しい社会の中でよくこれまで正直な姿を晒すもんだなぁと感心している様子さえある。

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