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さて今日も1日が過ぎていく

さて、今日もまた1日が過ぎていく。本当に何もない、陽炎のように淡い日々だ。全く何が何なのかわからない。溶けるように毎日が過ぎていく。ドトールに行けばみんな働いている。店員も客も忙しそうに動いている。学生もよく勉強している。

みんなまったく止まることがない。天道のリズムか自分のリズムか分からないが、よく動いている。そのリズムが羨ましく思ったり、思わなかったり。

ただ、決まった時間にドトールに行き、ぼーっとする。キチガイのそれだろう。本当に何もない。紙とペンを広げてぼーっとして何もしない時もあればボーッとしていたり、自分でもこの時間が愛しいような苦しいような、もはや何もわからない。親が見たら泣くだろう。俺だって泣きたい。

あまり考えすぎてはダメだ、考えると何もできなくなる。ただなんだろう意識を中心に合わせて一つの柱にじっと意識を合わせる。そして周りの一切の瑣末なものに追わず、追われず、いちばん強力な大本のエネルギー、それを見つけ見出し、いつもそれと一つになり、それは中心にあり、俺はもうここで終わりでいいはずなのだが。

そんな心境でペンを持ち書き始めようとするのだが、何もない。書くことすら何もなくなってしまう。今日はこれを書こうと思って、自信満々でドトールに来ても、何も書けなくなる。酷く眠たくなる。そこに座っていることはできる。座っていることしかできず、何かを書こうとすると、何も書けなくなる。自分の中のくだらない、一つの想念を掴み取って、それを書くというのなら書けないこともない。

今までそうやって書いてきた。他人の文章を読んでみても、あるいは他人が話している言葉を観察してみても、一時的に浮かんだものを頼りに書いている。話している。文章も会話もそういうものだ。今しかない。俺だって今までそうやって書いてきた。話してきた。

今もそうやって書けそうな気がするが、どうも嫌になってしまう。今の心と文章が一致しないことには何も書けない。何か面白いものを書きたい、そういったって、今書けるものしか書けない。

今はなんだろう、今は心がどこにあるのか、何をしたいのか、何があるのか、何なのか。どんな状態なのかもわからない。見ようとするから見えなくなるのか。近いとわからなくなる。遠い方が良さそうだ。心との距離は遠い方がいいんだろう。放っておくのがいいんだろう。わからない、わからないって言ったってねぇ? 自分も他人もイライラさせるだけだ。

わからないものはわからない。考えたって、見つめたって、わかりようがない。だからこうしていたって、よくわからないものはよくわからないだけだ。心が苦しくなり、時間だけが過ぎていて、不毛なだけだ。何も書きたいことも話したいことも言いたいこともない。何もないのに無理し何かを書こうとすると苦しくなる、でも書かなきゃいけない気がする。もう十分休んだし、もう十分寝た。

十分休まったと思うのに、何も書けはしない。書けそうな気がして書けない。書けなさそうな気がして書けない。「少し休んだら?」と声をかけてくれる人ですらびっくりするほど休んでいたのに、でも書けない。回復しない。何だかもうここらで終わりかなという気さえする、まぁ仕方ないもうこの先は何も書けなくても仕方がない、そんな無理して書かなきゃいけないこともない。

俺もここまでだったというわけだ、これは仕方のないことだ、これまで本当に不勉強で不誠実で怠け者だったから、そのツケが回ってきただけだ、この4年書いてきて、700記事くらい書いてきて、こんなもんか。もう出会い系も男と女も精神世界も全てどうでもいい、今欲しいのは今胸にあるのは、

食っているものが悪いのか、生玄米が悪いのか、変に高望みしているのか、すごいものを書こうとして自分でハードルを上げて行き詰まっているのか、とりあえずテクニックらしきものでなんとか、こしらえて乗り越えること、形だけはこしらえて乗り越えることもできるが、それも馬鹿らしい。それは今いちばんやりたくないことだ。自分のいちばん心の下の一点を頼りに、ばーーーっと輝かしてそこで文章を書けないものだろうか、そんなことを考えているから書けないのか。今までどおり何かインスピレーションをぱっとアイデアやら何か、書いてみたいという衝動に動かされ、そればかり書いてきたが。ドストエフスキーはそういうふうに書くのがいいと言っている。インスピレーション。シーン。

たったそれだけか、それしかないのか、今あるもので書こうとせず、ないものに頼って書こうとするから書けないのか。とにかくすごいものを書こうとして、いつも一足飛びで成果だけを欲しがる。そりゃ誰だって凄いものを書きたい、でもそう簡単にはいかないから苦しむんだろう。いくら精神操作で一気に通り抜けようとしても、やっぱりいくつも越えなきゃいけない壁があるわけで、それを一足飛びで駆け抜けたいというのは、都合がいい話か。俺の正体なんてこんなところだろう。ただの面倒くさがり屋だ。地道な努力を怠って、一足で駆け抜けたいと横着をするから転ぶんだ。しかし言葉とは恐ろしいものだ。こうして弱音を書いているだけでうんざりしてくる。自分をうんざりさせるだけならともかく、人の気までうんざりさせる。いいから、そんなことより好きなことやれって? ワクワクすることやれって? ニートなんだから好きなことたくさんできるじゃん! なーんでもやりなよ!って? まぁ、その通りなんだよなぁ。苦悩している時は苦悩しか書けないものでね。苦悩いうより、精神の一つ一つが面倒くさい。暇で、退屈で、ポカーンとしているだけだ。なにがしたい? どうしたい? 俺は何がやりたい? 剣道か、ボクシング、斬り合いがしたい。キャッチボール、野球、そんなとこか。運動か。全部やりたいことは肉体的、物質的なことだ。あと、まぁなんだかんだいって、伊勢海老の踊り食いをやってみたいね! しかも毎日、毎日、同じこと。週5で働いている人の方がよっぽど大変だとは思うけどね。まぁ、やっぱり俺はこれを好きでやっているんだと思う。だから、一人で好きにやって、チラシの裏に書いて、それで誰にも見せずにしまっときゃいいんだけど、まぁ、これもこれでありかなと思った。更新までの繋ぎだ。繋ぎ、ねぇ。無理して更新するほどのもんでもないが。こんなことを毎日書いて載せるくらいだったら。

ひとつ、ひとつ

上にあがっていくのは

面倒だから

どこか抜け道はないか

と思っている人がいます。

そういう人が

道に迷っちゃうんですね。

斎藤一人

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