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今日はドトールに来て、ラーメン屋のおじさんの記事を書こうと思っていたのだが

エピクロスは、哲学者になりたいなら、人に決して哲学を語ってはならないと言っている。何を食べた、クコの実しか食べなかった、瞑想を3時間した、そういったことは語ってはならないと忠告している。

人間、目の前のことしか書けないもので、目の前に一発目に浮かび上がってくること以外を書こうとすると、恐ろしく心身を消耗するものである。じゃあ書かなきゃいいじゃんと思うかもしれないが、俺もそう思っていたのだが、やっぱり何か書かなきゃいけないような気分になる。

生玄米生活をしていると、欲もなくなり、性的な事柄もあまり考えなくなる。今だったら、女子高生に「何を書いているんですか?」と話しかけられても、「ああ、うん」と軽い返答をするだけで、一切気に留めず、その後、彼女のことを思い出して性的妄想をすることもなさそうである。あまり過激なことも書きたくなくなるし、こんな静かな、しわがれた、厭世的なことしか書けなくなってしまうところがある。

一度、全ての知識、知恵、美徳、がんばって築き上げてきた習慣さえ払い落として、ただただ中心にあるものだけを見据えたいと思っていた。本当の、本当のところは何なのか、それとずっと焦点を合わせていたい願望に駆られた。一応、メモしてあることや、物質的な事柄からヒントを得て、いろいろな糸を手繰り寄せるようにして書くことができるが、べつに毎日4000字書くこともできるが、パタリと全てやめて、全集中したくなった。

人間、この地上に、やらなくてはならない役割を持って生まれてくるのだが、マザーテレサは朝と晩に毎日二時間ずつ聖堂で祈りを捧げた。もしこの4時間を、奉仕活動に捧げていれば、より多くの人を救えたことになるだろう。植芝盛平は、道場で稽古を始める前に、一時間半礼拝をしていた。

俺は今、ドトールに来て、本当は確か近所のラーメン屋のおじさんの記事を書こうと思っていたのだが。書くことはできる。A4用紙をテーブルの上に置いて、ペンを走らせればいいだけなのだから。Googleキープにメモを取ってあるから、メモを見て引き出される文字を書けばいいだけだ。しかし、原初なるものの存在が気になって止まっている。

いつも、書くときも、話すときも、この原初なる感覚から離れずに行いたいと思っているが、まだそれが口を開く前に話してしまう。今、ラーメン屋のおじさんについて書くことは、原初なるものから離れてしまうんじゃないかと思い始めた。しかし、原初なる感覚を維持したままラーメン屋のおじさんについて書くこともできるかもしれない。単純に、やはり集中力がないだけか。自分の意志で、自分の心と体を制御できないことが、いちばん苦しい。

「心を克服した人にとって 心は最良の友であるが 心を克服できない人にとっては 心こそ最大の敵である」バガヴァッド・ギーター

「人が感官の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生ずる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。」バガヴァッド・ギーター

俺はいつも自分に対して怒っている。それはやはり自分に対して悔しくて悔しくてたまらないときで、そしてそれは結局、欲からきていることがわかった。他人のことだったり、外側の大抵のことは、自分ではどうにもならないことで、初めから操作不可能で、考えようが何をしようが、思うだけで無駄なもので、結局、できることは自分をコントロールすることだけで、しかし自分をコントロールすることほど難しいことはなく、自分を意のままに操ることができなくて、いつも悔しく思っている。

感謝、欠乏感。

「神を表現しない方程式は無価値である」とニュートンは言っていて、バガヴァッドギーターには「わたしにすべてを任せなさい」と書いてあって、この言葉ほど救われるものはないのだが、どうやったら全てを任せられるのか、それがわからない。今だって、全部、人力で書いている。

神の美酒はいつも降り注がれていて、我々はそれをいつでも飲み尽くすことができる、か。ただ気持ちの上で満腹感があれば他に何もいらない、か。俺も、食べ物や、タバコや、女の身体より、神の美酒を存分に味わい尽くしたいが。こういう欲なら、良いそうだ。

こうしなければ幸せになれない、という思いが我々を不幸にする。今、たった今でも、幸福になれる。それも最高の幸福を。と、どのスピ本にも書いてあるが、それは本当だと思う。それはすでにあり、大海のように広がっているが、溺れていて気づかない、というのが、現状なのだろう。今、あるのか。今ないものは永遠にないか。

欠乏感と戦おうとしても、傷口を引っ掻いているようなもので、どんどん広がっていってしまう。今、ここで満足すること、今ここで幸せになること。その義務も権利も能力も神に与えられているのに、どうしてなかなかできないものか。

自分の欠乏感に目をくれないか。車も家も金も愛も恋も心も身体も才能も名誉もいらないが、神だけは欲しい。どれもこれも、海面の水泡のように、プクプクと無限のように浮かんで、一つひとつ消していこうといったって、消したそばから無限に立ち現れる。追いかけても追いかけても欲しいものは手に入らなくて、欲望は追いかけてくる。いや、俺から飛びついてしまう。俺自身が泡となって消えてしまうこと以外に他はない。

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