Uncategorized

『彼女のスマホを覗いただけなのに』レビュー

わりと大事な事はエロマンガから教えてもらうことが多い。

AVから学ぶことも多いが、エロマンガの方が多いかもしれない。漫画の方が現実以上の現実を表すことがあるからだ。

人間それ自らが現実である以上、現にその人間によつて生み出される空想が現実でない筈はない。坂口安吾「バルザック評」より

現実というより願望か。願望というより現実か。まぁとにかく、つまり、男も女も自分がしたい恋愛ができていないのである。 本当にしたい恋愛は空想の中にしかないのかもしれない。

今回、この『スマホの中を覗いただけなのに』という漫画を読んでみて、合点がいった。

この漫画は同人エロ漫画業界の中でも最近とても有名で、巨大な彗星のごとく降り立ってきたのだが、 あちこちの広告バナーで見かけ、レビュー数が多い割に星5だらけで、絵もかわいいと思ったので購入した。

『彼女のスマホを覗いただけなのに』

主人公が、付き合っている彼女が寝ていることをいいことに、こっそりスマホを覗いてしまうのだが、『ゆうや』という謎の男とやりとりしていることを発見してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと引用しすぎてしまったが。

本編は超大ボリュームで、基本はエロシーンが多くてそれが目玉で、序盤のLINEのシーンなら抜き出してもいいかと思った。

『彼女のスマホを覗いただけなのに』

 

考察

あまり白々しい言葉を駆使して、「好きだよ」「愛してる」とか、彼氏の不満を聞き漏らすまいとするよりこれぐらい振り切ったほうが良かったりする。

これまでの小生の出会い系の体験を振り返ってみても、一度セックスすると、この漫画のようなやりとりが続くようになる。 最初の敬語はどこ吹く風といった感じだ。仕事の延長のような格式ばった会話は男にとってもストレスだが、女にとってもストレスなのである。

このやりとりを、女も求めているのか? と言うと、小生はそうだと思っている。すべての女がそうとは言い切れないが、すべての女が自分に許しを行使したら、もれなくこの漫画のような女になる可能性はある。

小生の友人は、射精する瞬間の動画を彼女と送り合っていて、彼女の方もそれを見ると興奮するそうだが、 1回送ったり、送り合えば、2回目も3回目も不要だと思うが(同じ映像でしかないような気がするが)、それでも頻回に送り合っているとのことだ。

射精動画は、メッセージ交換の最初の頃に送ったらダメだが、セックスした後では、アリになるそうである。アリになるというより、むしろそれくらいやらないと関係が冷めてしまうと言う。義務でやっていると言っていた。たまに頭をベッドに押し付けたり首を絞めたりして、それは性衝動がエスカレートして止まらなくなってしまっているというより、そのフリをしているらしいが、もう首ったけで興奮して止まらない様を演じているという。それが関係を継続させるコツだと。

解放の限界

男の解放の限界と女の解放の限界がこの漫画ではよく表れている。男も女も、この漫画以上に男と女の解放を見せるのは難しいだろう。これ以上の解放となると、男だと、あしたのジョーのハリマオみたいになったり、もののけ姫のあの変な狼のように(もののけ姫見たことはないが)、歯茎をむき出しにしてウゥ〜とうなっているレベルの興奮状態であることを指すようになってしまう。

女もここまでだろう。少し引いたような恥じらいを持ち、それを残しつつあるのが最高度の解放状態だ。 その閾値をこの漫画は示せているように思う。とてもリアルである。そういう意味では他の寝どられ系エロ漫画は大袈裟過ぎてリアル感が乏しい。この作者はよく人間を観察している。女が落ちていく様、プレイボーイ男の巧妙な手口の様をしっかり描くことに成功している。これをあまりリアルと皆さんは思わないかもしれないが、紛れもなくリアルである。それをこれから説明していこうと思う。

出会い系にしろ、何にしろ、形式的な、これから結婚するためだからというアプリの出会いでさえ、体裁ぶったりしてそこで終わってしまう。

女も頭の中では、このような教科書的なコテコテなエロ漫画のストーリーを頭に浮かべている。ディズニーやネイルやアナと雪の女王なので構成されているフリをしているが、なぜかどこで覚えたかはわからない、上記のようなコテコテのエロいやりとり、エロいことを言われたらこう返すという謳い文句、適切な言語配置が、ほとんどの女性ができている。2人でコントみたいだなと思いながら、その時2人はその中心にはいない。自分たちを遠くから客観視して、そのコントを続けている。

さて恋愛をすれば、上の漫画のような体験を一度や二度は女はしているから、その次に知り合った男とは、どうしても昔行ったこのやりとりを思いださずにはいられなくなるのである。案外、恋人同士の多くはこんな事は日常茶飯事であり、この漫画のような要素がまったくない方が少ないだろう。

女は自分から写真を送りたがるところがあり、「サービスです!」と言って、自分を商品のように見立て、頼まれてもないのに、写真を送ってきたりする。

生理の時や気分が沈み込んでいるときは、「そういう興奮じみた空気を出さないで」という空気を出し、そういうときは男も興奮ムードを抑えなければならないものだが、女はお気に入りの服や下着をつけて気分が高揚しているときは、自分の写真を送りたくなるし、もっとよく見て欲しいと思うものなのである。

だからこのメッセージのやりとりをリアルに思うか、嘘っぽく思うか、こんなのはエロ漫画でしかありえないと思うか、それは人それぞれだろうが、小生は全くもってこれぐらいは普通にどこにでもあるリアルだと思っている。

自分のチンコ写真を送ることについて

自分の恥部を晒すことによって安心させ、相手の恥部を引き出そうとしているのか? 

単純に送りたかったのか?

男にしろ女にしろ、性器を見つめながらポ―っとする時間は誰にでもあり、性器がみせる小宇宙の空間を誰かと共有したくなったとき、それは異性としか共有できない。

これは性欲とはまた違って、セックスがしたいというわけでもなく、互いにちんことまんこを出してポーっと向かい合って、もうこれ以上晒し出せるものがないというところまで行ってみたくなるものがあるようなのである。すべての社会の汚れを流して、アダムとイヴのように裸でりんごの果樹園を走り回りたい、という感じか。

先の友人のように、射精している動画を送り合うことは性欲か? それは例えば鬱気のある女が自分の全てを相手にわかってほしいと思うことや、芸術家が自分の持っているエネルギーや感性を惜しみなく空っぽになるまで絞り出すことや、ボクサーが試合で完全燃焼しようとすることと同じような気がする。男と女が出会って面と向かって相対すると、ここに向かって力が働くような気がする。性欲と言えば性欲かもしれないが、振り切りたいという一種のスポーツのような力学が働いている。だから自分のちんこを送りたくなるのだろう。自分のちんこを送ることによって自分の力を出し切りたいという気持ちがあるのだ。友達や同僚に送れるものでもなく家族に送れるものでもない。

ちんこを送られて、「イヤ!」「気持ち悪い!」と言う女は、本当は送られてもいいし、そんなにすごい見たいわけでもないけど、見てもいいというか、まぁまぁ見たいという気持ちがあり、その自分を認める許可を下すかどうか、あくまで理性的にそれを見極めている。「イヤ!」と言うのは、感情ではなく理性で言っている。

実際、上の漫画で見られる、いちばん最初の美容院のメッセージの応酬は、男も女も苦しいのだ。男も女も2人で共同作業をしている。言ってしまえば、最初から最後までずっと共同作業している。

セックスした→写真撮られた→「消して」→「消すよ」→「本当に?」→「確かめに来なよ」→「はい」

これらは全て共同作業。 この漫画チックな共同作業は、本当に世間に多く見られる。

例えば上のメッセージの中で、「それは理屈だろ。まんこはどうなんだって話」と言うメッセージがあったが。

これはエロゲーやエロ漫画でしか見ないセリフだが、非常に下品でふざけたような言葉だが、現実では間違っても言えない言葉だが、代わりに漫画がすべてを明らかにしてくれる言葉でもある。

男も女も頭の中にいちばん最初に出てくる言葉である。現実的に口に出したり、メッセージで送る場合、思ってもなかなか口に出せない言葉ではあるが。いちばん最初に出てくる言葉を言われると、我々は動きが止まる。

「それは理屈だろ。まんこはどうなんだって話」

思いもよらないような、全く頭や心の中にない言葉だったら、決して時間を止める効力を持たない。そういう意味でエロゲーやエロ漫画の言葉は、一次的な人間の発想を映していて、現実以上の現実と言える。

この漫画はちょうどいいリアル感だ。「リアルはもう少し下のところにあるでしょ?」「さすがにリアルはもう少し下だと思うよ?」と言うかもしれないが、だいたいの場合、リアルはいつだって予想より一個上にある。そういう意味で、この漫画はリアルなのである。

「やりたいだけ」と潔く言うと、宿題やってこなかった時に、「めんどくさかったから」とはっきり言うと案外先生たちが「そう」と言ってくれるように、しらじらしく、愛してるからと言ったりするより、面を向かってはっきり「やりたいだけ」と言った方がいい場合もある。「やりたいだけ」と言える男はとても少ない。

それくらい正直になられると、「あー、じゃあ他の言ってることも全部正直なのかな? 本当なのかな?」と思って、女は、これまで男が言ったことに対して全面的に信用が生まれてくる。

女も自分の局部のドアップ画像を送ってみたいと心のどこかでは思っているものだが、しかし、「女はそれは恥ずかしいと思っているに違いない」と男は断定してしまい、それ以上は鑑みもしない。 「そんなの恥ずかしいに決まってるよね。さすがに僕もそんな事はさすがに言わないよ(笑)」という感じの空気を醸し出すので、女も男のその流れの空気に中に身を潜める。どこまでも、女の恥ずかしいという基準を、男は低く見積もっている。 これは別にふざけて言っているわけではないし、希望的観測でもないのだが、街で見かけるほとんどの女が、自分の局部アップの画像を送りたいと思っているように見える。

ちなみに、ちんこ画像を送ることについて、女は男目線で捉えていることが多い。

例えばメッセージ初期にちんこ画像を送られたら、さすがにこんなに初っ端から送ってくるってことは、忍耐力がないわね。アプローチが下手。仕事の商談も下手なんだろう。もし然るべきタイミングであれば、「あー、ちゃんと私の逃げ道を塞いだ後に送ってくれる能力があるのね。なかなかできるじゃん。じゃあ私もこいつには送ってあげよう」という流れになる。理性的に対応しているのである。荒ぶれる感情の中で、理性が働いている。これは、思っているより多くの女性に共通する心理である。許可を自分に下したら、後は防波堤が崩れた後の津波と同じような状態となる。

これらのメッセージを言える勇気のある男は少ないが、実際こういったメッセージは、男と女の中にはいつだってある。一次的なものとして。どこで覚えたのか知らないが、女の中にもあるのだ。

一次的な言葉は、人の動きを止める力を持っている。だから、一次的ものを然るべきタイミングで、信用のある状態で言われると、女は固まってしまう。

興奮して自分のちんこを送ってくることすら、一次的なものとして両者にある。だから我々は思っているよりも、それよりもずっと遠い、コントらしいコントをやっているなぁということである。それをこの漫画から学んだという話である。

お約束

「えっ……?」

「画像……ですか?」

「恥ずかしいです……」

女性はこういう時、「えっ……?」と送り返すが、この「え……?」ていうのも普通におかしい。文章として普通におかしいし、「えっ……?」と打ち込んでいるときの自分はやはり客観でしかないし、「恥ずかしいです……」と打ち込んでいる時はやっぱり指はフリック入力しているわけだし、本当に何か、コテコテの1つのパターンが頭の中に映像としてあって、それを倣っているだけのように思う。何しろ多くの場合が、我々の会話や恋愛が、漫画の後を追従することが多いからだ。

まぁそれを言ったら、我々はどこでどんな瞬間にあろうとも、このお約束のパターン、お約束の会話が無数に身体の中に刻まれていて、その反射だけを駆使してやり過ごしているに過ぎない。 本当に、表面的に現れるのは、いつだってそれでしかないのだ。 会社に行って上司に話しかけられたらやっぱり反射しか出てこない

-Uncategorized

© 2022 ちんこ Powered by AFFINGER5