恋愛

彼女の目を見つめたい

そのカップルの親密度のバロメーターは、どれだけ無言でいられるかということだろう。

例えばテレビに映っている芸能人などは好きなだけ見つめ放題である。面と向かい合ったら同じように見続けることは敵わないが、一方的に気付かれずに見続けることができるなら、人はその人の目をずっと見続ける。

学校なんかでも、クラスに好きな人がいたとしたら、その人のことをずっと見てしまうだろう。しかし、あまり見ていると、気づかれてしまう。だから、こんなことを思うだろう。時間停止して、僕だけが(私だけが)、気が済むまでその人の目を見続けられたらいいのに!

オタクもそう。あれだけ追いかけているくせに、握手会に行っても目を見て話せない。ずっと下を向いてゴニョゴニョ言っている。そのくせ雑誌の向こう側の彼女の目には直視して、ずーっとずーっと見つめ合っている。それは、死体しか愛せないと言っているのと変わらない。

生の視線を感じることがなければ好きなだけ眺めることができる。これは卑怯と言えば卑怯だが、答えはここに出ている。我々は本当は話したいわけではなく、言葉を用いたいわけではなく、ただずっと見ていたいのである。見ていられないから、代わりにたくさんの言葉を用いようとするのである。

見つめ合っていると、すぐに目をそらしたくなる。合わせていたってどこか体は不規則にちょこまかと動き、じっとしていられなくなる。もう無理! と息継ぎをするように、水面から顔を出して、精一杯空気を吸いたくなる。

セックスと見つめ合うという行為はとてもよく似ていると思う。

本当の本当は、ただ目を見つめ合ったまま、そのまま数秒でも十数秒でも一分でも、そうやって見つめ合い続けるところにあるように思う。

俺は彼女と会って何をしたいのか、どうしたいのか考えていたら、特にそんな話したいことはないのである。ただ、全ての細胞を開いて、彼女が今そこにいること、その全存在をこちらも全存在で受け止めて、それを感じたいのである。彼女はよく目をそらすが、俺は彼女のそんなそらしているところを見るのが大好きである。今は、その目をみつめたくてたまらない。

ドトールでも、「いらっしゃいませ! こんにちは! アイスコーヒーのSですね! こちらの焼き菓子などは一緒にいかがでしょうか?」と、彼女たちは丁寧に愛想よく親しみを込めて接客するが、目だけは合わせない。客もそうだ。俺だってそうだ。だから、この街では恋が生まれない。みんな、芯から逃げる。

動物はじーっとひたすら目を見てくる。そこから何を感じ取っているのかわからないが、まるですべてを見透かされている気分になる。あれは、人間よりずっと頭のいいような気がする。どんなOLもメンヘラ女も、この視線の前では成すすべもなくなる。だから人間よりも動物を愛するようになる。もし犬や猫が我々のように言葉を用い、目でなく言葉でコミュニケーションを取るようなったら、我々は彼らを愛せなくなるだろう。

なぜ恋愛の終わりが来るかというと、あまりにも惰性で付き合い続け、緊張感がなくなり、相手の目を見つめることもなくなり、ただ友人のような会話をし続けることによって形骸化していってしまうところにある。

仕事をすればいい、家事をすればいい、夫の役目を果たせばいい、妻の役目を果たせばいい、役目役目役目、それをやることが愛の履行だと思っている。ただ見つめ合っていることができないから、役目を持って愛そうとして、役目に振りまわされて、どちらが役目をこなしているか競い合うようになり、セックスレスになり、離婚になる。

俺は今、彼女の目を見つめたい。別に彼女は目をそらしてくれてていい。俺はどちらかというと、そらしている目の方が好きだったりするから。

まんぐり返し← セックス←目を合わせること←キス←抱き合う←手を繋ぐ←会話←散歩←スポーツ←ボウリング←映画←仕事という順で、直接的な、プリミティブな行為から、だんだん離れていくようになる。ここに恋の過失がある。

人間と人間が本当の生の状態、全存在をかけてぶつからないから、すべてセックスレスとなり離婚になるのだろう。

大学時代、俺のことを大嫌いな女がいて、女は、俺を見かけるたびに、「いつも同じ服着てる」「風俗とか好きそう」とブツブツ言ってきたが、その都度、俺は遠い方を向いて無視していたが、あれは、じっと目を見つめてやればよかったんだと思う。

まぁ、本当はまんぐり返しをしたいんだけどね。

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