霊的修行

自分の中心に向かって「エイ!」「エイ!」って力を込める

荒井荒雄は、「内観の法といっても、白隠禅師のいう内観と心理学でいう内観とは意味が違うのである。心理学でいう内観とは自分の経験を内より観察することであるが、白隠禅師のそれは妄念を放下し、心を空にし、臍下丹田に意識を集中統一して全身全霊を善きもので充たすことである。善きものとは『本来の面目』『唯心の浄土』『己心の弥陀』である。これこそ正に最高の思想であり、これ以上の善きものはないのである。そしてこの最高の思想を気海丹田に凝らし、そこに練り込むのである。いわゆる仙人還丹である。『至人は常に心を下に充たしむ』また『元気をして常に下に充たしむ』と『夜船閑話』にあるように、頭の中に充たす心火逆上でなくして、心火を降下して気海丹田に充たすのである」と解説しています。

丹田についての考察メモ

「丹田を養う方法として、支那では三つの方法がある。その中の一つは皇帝経の中に書かれてあるもので、馬にのった時のような恰好で、やはりエイーと気合をかける。この方法で体力きわめて強大になっているのを、たまたま五年間亡命生活で山にかくれている時に実際に見た。その人もやはり板をふみ抜いたりする。今日はそれと同じような運動法を先生から教えて頂いて、大変驚いた次第です。殊に今まで私が唯ぼんやりとしか見ていなかったこの練練丹の方法について、科学的に、明確な御説明を頂いて大変有難く存じました」

「次の方法は、唯ぼんやりと立っているだけだが、その要領は、老子が「心を虚にし、腹を実にする」というのを用いているらしいが、私にはその点はきわめて抽象的ではっきりしなかった。しかしその運動法をやっている人は皆顔色が実によい。そして西洋式の運動法では、腹をへこませて、唯胸部のみ発達させるのが多いのに反して、この方法で鍛えた人は、腰と腹が大変よく太っている」

▽私はこの皇帝経を通じて、天地に対する虔しみの念ということを教えられた。私は前に法制局長兼宣伝部次長を勤めていたから、当時かなり色々な人にも会った。その時感じたことだが、人を説得する力は、学問よりもその人の持っている風格というものが物をいう。この風格というのは大変むずかしいことで、理窟だけで解るものでない。私は丹田がしっかり充実していればどんな人に会っても臆せずに会えるし、又人を見下したりする気持もなく謙虚な気持ちで会えるように思う。肥田春充

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