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ちんこがある世界とちんこがない世界

女性というのは、股間をポリポリ掻いている男を目にしても、それほど不快感を覚えない。それはそれ。私とは関係ないできごと。として捉える。

しかし、それをしながら、チラッと見てきたり、ニヤニヤされたりでもしたら、強烈な不快感を覚える。

問題はそこなのだ。

それは一つのメッセージである。返事をしなければならない。こちらで情報を処理しなければならない。答えをはじき出さなければならない。答えを外に表明しなければならない。答えを表明すること、それに対して怒りを覚えるのである。それを強いられたことに対して怒りを覚える。

音もなく立ち去りたいのに、そうさせてくれないことへの恨み。ちんこを掻いていることへの恨みではない。

勝手にちんこを掻いている分にはいい。男の人っていうのはそういうのがあるんだな。チンポジがどうとかって聞いたことある。それは「性差」として、脇において置くことができる。

脇において置くことを許されない状況を提供されたことにイライラするのだ。

だから、ドトールに非常に下品な男がやってきたとして、禿げ上がって、彼にちんこがついているのではなく、ちんこに彼がついているとしか思えないような客がやってきて、「〇〇ちゃん! おはよう!」と言われても、何の曇りもない笑顔で「おはようございます! 〇〇さん!」と返すことができる。

しかし、彼が性的な情報、そこに故意的な性的な情報が含まれると、彼女の態度はいっぺんする。

疲れるのである。

彼女たちは、家を出るとき、ちんことかそういうものを、ひとつの箱の中にしまってから外へ出る。

彼女たちは、その蓋が開かれることを何よりも恐れる。下ネタに反応するとかしないとか、下ネタが嫌いとか、そういうわけではなく、閉じていた蓋が開かれるの恐れるのである。

それは例えていうなら、面識もない男に、「僕には彼女がいるからあなたとは付き合えません」と、いきなり言われたかのように、言わなくてもいいこと、お互い、胸の内で思っていればいいことを言われるようなこと。そうやって人間社会は成り立っているのに、約束を破られた気分になるのだ。

女性たちは皆、混沌、カオス、性差、下ネタ、心のニキビ、吹き出物。いわば、その箱は、それらがすべてパッケージングされており、それが開かれないように、覚悟して家を出る。そのために蓋をするのだ。蓋をちゃんとしめてから外に出ないと、何かの拍子で開いてしまいかねない。それが開かれることを、何よりも恐れているのだ。

この世界には、「ちんこがある世界」と「ちんこがない世界」の2つの世界があり、ちんこがない世界でお互いにうまくやっていきましょうという協定が守られている。というより、守られていると信じている。

ちんこがある世界は、彼女たちの夜、ベッドで眠りにつくときにだけ、存在している。彼女たちは、そのときだけ、蓋を開ける。子供がおもちゃ箱を開けて遊ぶように、一つ一つ取り出して遊ぶ。

あるいは、男とホテルに行き、下着を脱ぎ捨てるともに、その世界へ飛び立つ。そのとき以外は、蓋は閉じておきたいのだ。

蓋を少しでも開けようものなら、あいつはヤリマン。売女。下ネタOKな女だから今日から下ネタを言うようにしよう。と言われてしまう。しかし、そんなことよりも、やはり疲れるのである。

疲れてしまう。

必要性がない。

必要でもないのに、そんなことをされた。私を困らせた。私を困らせた、ということに対する怒りなのである。

お互いに不自由の中で暮らしているのに、先に自由になられたという裏切り。みんなで蓋を閉めていましょうと協定を交わしたはずなのに、開けられた。それは開けてはいけないパンドラボックスだったはずなのに。

裏切り。

ちんこを目の前で故意的に掻かれると、思わず素の顔になってしまう。今まで社会生活を営む上で余儀なく身につけてきた仮面や理論武装が、掻きむしられて落ちていく陰毛のように落ちていってしまう。

思わず、見入ってしまいそうになる。見入ったりでもしたら、あいつは売女だ。下ネタOKの女だ。今日から下ネタを言うようにしよう。ということになる。

ある程度の緊張とハリを持って生きているのに、急に無理やり椅子に座らされてリラックスさせられるような、かえって疲れてしまうというような気を覚えるのである。気が抜けていくような、気を取り戻すのにも気を要する。

気の変化。彼女が彼女としてのリズムを生きているのに、それを狂わされた。そのための怒りである。

私に考える時間を与えた。考えなくてもいいことなのに、考える時間を与えた。私は今を生きるだけで精一杯なのに、必要性もないのに、余計な問題を付加させた。無視すればいいし、無視をするのだが、無視をするという決断をたたき出すまでに、コンマ数秒の時間を奪われた。という怒りなのである。

小生がまねきねこでバイトしていたころ、彼女たちは猛烈にこの問題と戦っていた。

一本の電話が鳴った。

「あのー、そちらの店を利用した際にですね、カップルが部屋で性行為をしているのを目撃したのですが」

「は、はぁ、申し訳ありません」

「そちらの店では、そういった行為は許されてるのですか?」

「あ、いえ、当店ではそのようなことは」

「じっさい、私が通路を歩いていましたら、その光景が目に飛び込んできまして、8号室だったと思います。女性の方が股を大きく広げて、男性の大腿部の上に馬乗りするような形となって、白いお尻があらわになって、恥ずかしげもなく、大きく上下に揺れていました。暗い部屋で、桃のように真っ白なお尻だけが、激しく上下に揺れていました。これについてどうお考えになられますか?」

「大変申し訳ありません」

「女性がですよ? 女性が、カラオケ店で、桃のように本当に真っ白なお尻を剥き出しにさせて、エレベーターのように、上下に、男性の上にまたがって、上下に動かしていたんですよ?」

「お見苦しいものをお見せしてしまって、大変申し訳ありません」

「マイクを使って、「○○○!」と女性が叫んでいましたよ。「○○○」ですよ。「○○○」だなんて、女性がそんなことを言うだなんて、信じられません。そちらの店はどうなっているのでしょうか? 他のカラオケ店では「○○○」なんて叫んでいる光景なんて見たことありませんよ」

「……」

「店員さん達がだらしないから、このようなことになるのではないですか? 私はとても不愉快な思いをしましたよ。「○〇〇」だなんて、ずっと「○○○!」と叫んでいましたよ? 「○○○」ってずっと、「○○○!」「○○○!」と。曲も歌わずにずっと、「○○○!」「○○○!」って」

「大変申し訳ございません」

「本当にずっと、「○○○!」「○○○!」って」

彼女は泣いていた。

「大変、申し訳ございません……」

「あなたはカラオケにいったら「○○○」を叫んだりしますか?」

「ごめんなさい……、ごめんなさい……」

まねきねこでは、よくこういう狡猾な手口の電話がかかってきていた。たまに怪しい男が一人でやってきて、フロントの前をウロウロしているが、受付の女性店員の顔を脳内フォルダにコピーを済ませると、家に帰って、フォルダを開き、電話をかけてくるのだと思う。

「絶対許さない」

アルバイトの女性達は、仕事もしないで4人くらいが束になって、ずっと、どう制裁するかを話し合っていた。ブスも混じっていた。その意気たるは凄まじいもので、店内で歌う客たちよりも、ずっと大きな声で話し合っていた。

「はやく持ち場につくように」という店長の声は、弾けて消える音符マークのように虚空に消えた。小生と店長は、彼女たちの分の仕事を補うことを余儀なくされた。

もし彼女たちが裁判員制度の陪審員として招集されたなら、「ちんこを切り落とす」に迷わず投票しただろう。

本当に、ちんこを切り落とすということが、どういうことかわからないところにまできてしまっている。いったいこの無慈悲はどこからくるのか?

彼女たちも、まねきねこの廊下をフィギュアスケートみたいに滑ってイナバウアーをやってみたい衝動がある。ドラマでタンスを押し倒しているシーンを見ると、倒してみたいと思う。店長の頭をバシバシ叩いてみたい。

そういった閉じ込めておいた蓋が、開いてしまいそうで、泣くのである。君はどうするんだい? そちら側にいるの? ずっとそこにいるの? と言われているような気分になる。

「○○○」「○○○」と何度も言われると、「○○○」と言ってしまいそうになる。蓋が開いてしまいそうになる。

女性は、生まれつき女性ではなく、女性になっていくのである。

汚いから泣くのではない。気持ち悪いから泣くのではない。蓋が開きそうになるから泣くのである。

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