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91歳のおばあちゃんも、見た目が18歳だったら、18歳になってしまうのも無理もない話

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おばあちゃんたちは、肉厚の牛ステーキが歩いているような、首に太いネックレスをつけている男を見ると、長いことじーーっと見ている。

首に太いネックレスをつけている金髪の黒いマッチョを見ると、いつまでもずっと眺めている。紳士服を着た短髪の清潔感のある好青年よりも、湘南乃風やEXILEのような男たちに出くわすと、強烈な化学反応を起こすようで、すごく興味津々そうに見ている。それは、ほとんど多くのおばあちゃんにいえることである。

まるで異世界を見るような、ずいぶん時間が停止してしまっていて、更新ファイルをアップデードさせているように、じーーっと止まって見ている。

もし40代の女性が朝起きて18歳になっていたら、本当に精神も18歳になってしまうだろう。

実際、今の18歳も、見た目が18歳だから18歳でいられる。もし彼女の見た目が40歳で同学年の教室の中に放り込まれたとしたら、40歳として生きるしかなくなる。周囲も40歳として扱い、本当に40歳になってしまう。

いま夫も子供もいる40歳の女性が、壁に頭をぶつけて18歳になってしまって、学校に通うことになったら、その人はたくさん恋愛するだろう。

若い蜜のような溢れんばかりのエネルギーで遊び倒すだろう。うちの母親は59歳だが、もし朝起きて18歳になっていたら遊び倒す。

もう59年も生きて、酸いも甘いも舐め尽くして、若い時間だってちゃんと満喫して、結婚もして、子育てもして、両親を見送って、そのような百戦錬磨の女性だとしても、見た目が18歳だったら、若さをしゃぶり倒す。昔、本当の18歳だった頃より、しゃぶり倒すだろう。

おじいちゃん、おばあちゃんも、同じである。小生は仕事柄たくさんの老人に接しているけど、彼らのエネルギーは凄まじいものがある。

おばあちゃんたちは、たくさん食べたいけど食べれない。

おばあちゃんたちは、肉体が弱くなることで、何かしたくなるらしい。小生の仕事の利用者さんで、91歳のおばあちゃんがいるが、やはりずっとしゃべっているし、2時間も3時間も飽きずにしゃべっている。とにかく何かしたいらしくて、お茶を入れようとしたり、忙しない。誰かのために何かしたいというエネルギーは、若者よりずっと多い。芸術家も晩年に向かうにつれて生産的になるものだし。若者の方が無気力なものだ。死との距離が近づき、病の床につくと、人間の生命力は増す。

肉体が18歳になったら、現在の精神を18歳の肉体に乗っ取られてしまうだろう。見た目通り、本当の18歳になってしまう。今が40だろうと、59だろうと、91だろうと、肉体のもつ年齢に精神が溶け込み一体化してしまう。

1週間や2週間では、まだまだジェネレーションギャップに苦しみ、荘厳な弁当箱にようかんを入れて、それを風呂敷で縛って学校に持っていってしまうかもしれないが、半年もすればTikTokをやり出しているだろう。

自身の持つ肉体の神秘、肉体の悪魔、脳の神経回路、弾ける太もも。教室の壁よりも白い肌が、彼女たちをアップデートさせる。

肉体が18歳になるということは、血管も18歳になるということである。つまり脳や神経系も18歳のものになるから、18歳の身体に持ち込める物は記憶しかない。というのがこの話の前提である。

肉体に年齢はあっても精神に年齢はない。同じ18歳の子たちの間においても、精神練度にバラつきがある。ひとつの箱に似たような肉体があれば、とりあえず、表向きはすべて詰めて一緒くたにされてしまっているだけの話である。

小生もまた18歳になったら、18歳になってしまうだろう。

小生が朝、18歳の女の子になっていたら、すごい短いスカートを履いてしまうと思う。たぶん、おばあちゃん達も同じだろう。おばあちゃん達も、すごい短いスカートを履くと思う。小生は、なぜだかわからないが、すごい短いスカートを履いて、ほとんどパンツが歩いているような格好で、校内を練り歩いてしまうと思う。別に女装願望はないが、肉体の声に逆らえないと思う。

すると教師たちが黙っていないだろう。「なにをやってるんだ。しまるまんこ。その短いスカートはなんだ。規則違反だろう」と体育教師に注意されるだろう。地面からスカートまでを定規で計られて、本当は35歳なのに、なにをやってるんだろうと思うだろう。

しかし、このような精神状態でいるのが、今、街を歩いている18歳の女の子たちなのである。彼女たちの中には、18歳だったり、25歳だったり、35際だったり、いろんな年齢層の人間が住んでいる、決して中身は一律の18歳ではない。彼女たちの行動はすべて肉体に追従している。

大人より遥かに世界を見渡せる慧眼をもった子もいる。そんな18歳の彼女が朝起きて40歳になっていたら、40歳として生きることになるだろう。社会も何もしらないはずなのに、会社に行けば上司がいて、部下がいて、得意先に謝罪の電話をして、企画書の推敲をして、家に帰ればよくわからない禿げた夫がいて、本当は自分と同い年の女の子にお母さんと言われ、ご飯を作り、洗濯をして、最初は戸惑うかもしれないが、できてしまうだろう。タイムリープせずに生粋に育った40歳の女性と、全く同じ生活ができてしまうだろう。

91歳のおばあちゃんでさえ、曲がり角で男子にぶつかったときは、「キャッ!」とか「イヤッ!」とか言ってしまうだろう。言おうとする前から言ってしまうだろう。自分でも、いったいなぜ91歳の自分が「イヤッ!」とか「キャッ!」といってしまうかわからず、一種の逡巡が訪れるが、じきにそれも板についてくる。確かこの前の正月、孫にお年玉をあげていたはずなのに。自分の喉から出てくる甘ったるいピンク色の声がそうさせる。性格は肉体に遅れてついてくる。

犬なら犬。猫なら猫。幼女なら幼女。精神は器に収まる範囲内でなければ機能できない。古典や神話に出てくる、4000年生きたような神の使いの者でさえ、一種のそれは免れないだろう。

実際に小生は歳をごまかして出会い系をやっていたが、31歳のときに25歳で登録していたけど、本当に25歳になってしまった心持ちだった。相手が小生を25歳として認識し、小生まで自分を本当に25歳と認識してしまったら、本当にそこにはただの25歳しか存在していないのである。

出口王仁三郎は、とある45歳の女性から、若返りたいという相談を受けて、ある霊術を施した。そして「10年若返らせました。じっさいにあなたは今35歳になりました」と言った。

おそらく霊術は何も施してなかったと、小生はにらんでいる。

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