仕事 ブログ・文章論

夜についての考察

投稿日:2021-05-07 更新日:

悪いのは自分ではなく、夜ではないか、夜はもう頭が働かない、ずーっとぼーっとしている。

江戸時代の運命学の大家、水野南北は夜に仕事をすることは大凶といった。

チャンドラーはものを書こうとする人間は1日に4時間は机に向かう以外、それ以外は何もしないという時間を作らなければならないといった。

確かに4時間というのはその通りの時間だと思う。

環境。能力とか才能とか愛とかよりも、まず環境を整えたいと今はそのことで頭がいっぱいである。

環境のことを考え、環境構築させようと躍起になっており、MacBookプロを買ったり、机の配置を変えたり、アイドルの勉強動画を見ながら作業したり、いろいろな音楽をかけてみたり、色々試してばかりいたら、色々物が必要になって、その商品の情報を集めてばかりいたら、本来やるべきことを先延ばしにしてしまっていた。

だいたい、悪さをするのは夜である。

太陽と人の生活リズムは一致していて、太陽が出ていない時は、人間も出ない方がいい。何もしない方がいい。その間、太陽は他人様に光を当てに行き、励ましていることだろう。夜は天に祝福されていない。

夜は悪いことばかり考えてしまう、そして頭がぼーっとして、仕事しても何も生産に繋がらない。

朝やり逃した仕事を取り返そうとするから焦るようになる。やるかやらないかどうしよう、そうやって、やるかやらないかどうしようと考えるところにたくさんエネルギーが奪われる。

10分後にしよう、30分後にしよう、1時間後にしよう、明日にしよう。そうやって考えるのに、脳のリソースがたくさん使われてしまうようだ。だから予め、やる時間とやることは決めておいてしまった方がいい。

もし午前中に全ての仕事が片付いていたら、夜に迷うことは何もなくなるのである。

まぁ、一般の仕事をしている人は、何を言ってるんだという話だろう。午後に仕事しないなんて、そんなことあるわけないじゃないか、夜勤の人だっている。あくまで小生の生活スタイルの話ではあるが、活かせるものだけ抽出してもらえればいい。

しかし、紙とペンはいい。言葉が出てくる。頭が整理されていく気がする。これは楽しいので一生の楽しみとなりそうだ。

メンタリストDaiGoが、「1年のうちで、人生でずっと続けていけられる大事な習慣が一つでも身につけられることができたら、それはすごいことじゃないですか?」と言っていた。

水野南北は4時に起きるのがいいのだという。太陽が出始めるからである。確かに人はもっと太陽について真剣に考える必要がある。

太陽が出ている時と出ていない時では、人間はまるで違う生き物になる。朝と夜ではまるで考えていることが違う。

朝は腹が空かない。夜は空く。小生はだいたい18時頃から腹が空き始める。18時に夕食を食べるのだが、22時ごろに再び腹が空き始めて、その時に一日の食欲のピークが訪れる。そして、カラムーチョが食べたいとかスーパーの軟骨が食べたいとか、ウダウダと悶々することになる。

だとしたら、22時にはやっぱり寝てしまった方がいい。有名な22時から2時まではゴールデンタイムがどうとかいう理論もあるしね。

小生は現在2時〜3時に寝て、8時~10時の間に起きている。約5〜6時間睡眠である。「ニートのくせには早起きじゃん」とは、友達に言われたけど。

夜のぼーっとした頭とタブレットいじるのが最高に相性が良いのだ。18時あたりを過ぎると、もう生産欲も生産力もなくなってしまって、なーんにもやりたくなくなり、ただぼーっと過ごしてそれがそのまま夜の2時〜3時ぐらいまで続いてしまう。

過食ネットのダラダラを一網打尽に解決するには、やはり早く寝るしかない、当たり前のことだがね、しかし当たり前のことを当たり前にやることが真理である。

22時に寝て、4時に起きるか。

(笑)

それで4時から10時くらいまでは仕事をする。仕事とは物を書くということだ。一日に6時間も書けばいいだろう。

案外、それ以上書こうとすると、文章に新鮮な生命が宿らなくなる。気を充溢させ、一気加勢に書いて、あとは次の日のために備えて、何もしないというのがいいだろう。

ははは、羨ましい生活だろう。自分でも何を言ってるかわからないが。

ヴォルテールは1日に20時間以上書いて、バルザックは16〜18時間ぐらい書いたというから、本当はそれぐらい書けたら嬉しいんだけど、多くの作家は4時間〜8時間、平均して1日に6時間くらい書くそうだ。

毎日、会社員の仕事をしている人は、いったいこいつはさっきから何の話をしてるんだ? お前仕事ないんだろう? 会社ないんだろう? それだけで最高じゃねーかよ! と思うかもしれないけど、そう、その通り、最高なのである。

最高なのではあるが、人間の最奥の部分を光らせない限りは、太陽の光を最奥の部分に届かせない限りは、本当の意味で最高になれないのである。

人の最高の幸福とは、自分の仕事に喜びを見出すことである。それはアリストテレスも言っていた。

仕事が生活の中で一番の楽しみとなれば、それ以上の事があるだろうか。仕事、仕事、仕事、人は仕事をするために生きてると言ったっていい。

仕事は楽しみを見出すものではなくて、仕事なんだからやれとか、そういう考え方は余計だという声もありそうだし、室伏広治の、「楽しいとか楽しくないとか、そんな次元でやってない」という言葉は有名である。落合博満も同じことを言っている。

「怠け者でずるく、酒肉を楽しんで精進しない者には成功はない。成功・発展しようと思うならば、自分が望むところの一業をきわめて、毎日の食事を厳重に節制し、大願成就まで美食を慎み、自分の仕事を楽しみに変える時には自然に成功するであろう。食を楽しむというような根性では成功は望めない」水野南北

無の境地で淡々とやるのもそれでいいが、水野南北はこう言っているし、バガヴァッド・ギーターにも同じようなことが書かれている。エジソンは仕事が楽しくて楽しくて夢中で仕方がなかったと言っている。

まぁ、あまり楽しむことがどうとか、なんとか言っていたって、楽しくなるものでもないし、ここらでやめておくか。

しかし、紙とペンで書くようになってから、とても楽しくなった。これは生涯にわたってやり続けるだろう。とてもスッキリする。物書きでなくとも、ただ一心不乱に思っていることを紙に書き殴るという行為は、本当に皆さんにオススメしたいことだ。

やはり夜は悪い習慣を呼び込むようだ。魔性の時間。さっさと寝てしまった方がいい。夜を全否定するわけではないが。

習慣とは、人間の鬱とか、気分とか、感情とか、意志を、越えたところにある。

どんなにやる気がなくても、書くことが全くなくても、ドトールに行き、ペンを握ると、A4用紙5枚ぐらいは平気で書けてしまう。今日は10枚書いた。これは明らかに意志とか決意とかを超えた力だ。

まぁ、本当のところは、書くことよりも、面白い動画を取れる方が喜びを感じるし、その方面に努力を集中させたいのだけど、書くことはすべての基本だし、最近は書く方が楽だから、どうしても書く方に流れてしまう。

個人ブログといえども、あまり弱音も吐かない方がいいか。こうして話したり書いたりして残ったものは、それ自体がエネルギーを持ち、目標実現のために力を働かせてしまう。

しかし、清書が面倒くさい。アナログで書いたものをデジタルに移行させようとすると、これがなかなかしんどいのだ。

Googleレンズや音声入力でなんとかやっているが、そしてそのあとパソコンで編集するという、今まではスマホ一つでやっていたことを、3回の作業に分けてやっているから、切り替え時に体力を要するし、どうも無駄だと感じている。

アナログをそのままテキスト化できればいいのだが。Googleレンズは、紙に書いた手書き文字を、とても素晴らしい識字率でデジタル化できるのだが、それは皆さんが思っているより3倍くらいびっくりするほどに識字率が高いのだが。

じゃあ、Googleレンズ使えばいいじゃんと思うかもしれないが、手書きだと漢字が書けないから、後でひらがなを漢字に修正する作業が面倒くさいのだ(笑)

すべて小生が漢字を書けないせいである。そんなに難しい漢字も使ってないのだが。

本当は笑えたり、楽しいことだけを書いていきたいのだけど、その色だけを集めたブログでありたいけど、どうもそうはいかないようだ。読んだ人が元気で楽しくなるものだけを書きたいものだが、ペンがそれを無視して動く。

今、目の前にあるものをありのまま書いた方が楽だし、このありのままの心の声を無視して、変に自分の理想を追いかけて、「書けるもの」ではなく、「書きたいもの」を書こうとすると、書けなくなってしまう。そういう風に人間はできているらしい。

だから何でも正直に書きたくなるんだけど、何でも書いていいわけじゃないんだなこれが。本当はもっと書きたいことが山程あるんだけど、黙っていなきゃならないことが多くて困ったものだ。一応書いてはいるが、人目につかぬよう、引き出しの中に眠らせている。人生と一緒だ。何でも書いていいんだけど、書くべきだけど、書いたものは、引き出しの中で眠らせている他ない。そんなものを書いてるうちに、更新が遅れてしまう。

だから、匿名の人はTwitterで吠えてばかりいるんだろう。だから小説家は、架空の人間を作って、物語の上で悪意を吐きだすのか。

魔裟斗も、現役時代は練習は1日に2時間しかやらないと言っていた。他の時間を休養のために使い、2時間のために全てを集中させるためだと言う。物書きは恐らく、その2時間が6時間に当たると小生は見ている。

実際、これから4時に起きて22時に寝るという、それは計画の話で、まだ実践できていないから、そのためのコツとか体験は話せないが、よく太陽の光を浴びて、仕事に励んで、身体を動かして、少食にすれば、よく眠れて、朝早く起きれるようになるだろう。

22時とは、他の人はどうか知らんが、小生はいちばんお腹が空く時間だから、やはり22時に寝てしまうのがいちばんよさそうだ。

寝るのも難しいが、起きるのも難しい、朝、楽しみが待っていると思うと、少し起きられるようになる。ドトールで紙とペンを走らせるようになってから、楽しくなって、最近は割と早く起きられるが。

後は間違いなく、少食の方がスッと起きられるようになる。過食したり、肉を食べると、消化に時間がかかり、目覚めが悪くなる。

しかし、起きるのも難しいが、寝るのはもっと難しい(笑)iPadをいじってしまうのが一番の原因だとは思うが。

バガヴァッド・ギーターでは、行果は瞑想に優れると言っている。物書きにとって、書くことが行果に当たるだろう。行果とはよくわからないが。

書くことは確かに瞑想のようなものだと感じる。瞑想以上に瞑想のようなものだと。瞑想もよくわからないが。

こうして手書きで書いていると異様に疲れる。いい具合に疲れる。頭も体もスッキリして、何も残らない。この心地よさといったらない。エネルギーが全て使われて、よく眠れるようになる。パソコン相手だとなかなかこうはならない。一つの運動ともいえそうだ。

学生時代にボクシングをやっていたことを思い出す。あの時は毎日よく眠れた。またジムに行ってみるか。午前中は書いて、午後はジムに行って、剣道がやりたい。先の先。あるいは、後の先を取るために全ての精神を解放させたい。贅沢な悩みか。

朝早く起きて、11時ぐらいに差し掛かると、働きたくなってくる。体を動かしながら、社会の為に働きたくなる、よくわからない作業服を着てね。

まぁ、絶対に働かないだろうが、もし働くことになっても、習慣さえ構築できてしまえば、怖いものは無くなる。働いて、仕事に埋没して、何も書かなくなることが怖いのだ。正社員時代は何も書かなかった。

働いてわずかしかなくなった自由時間の中でも、スイッチを入れて、あるいはスイッチを入れることもなく、サッと作業できる習慣さえ構築できてしまえば、働きながらでも何でもできるのである。いわば今は、そのための作業フローを構築しているとも言えるだろう。まぁ、絶対働かないが。

もし働いたとしても、小生はもう、週に2回以上は絶対に働かないから、無用な心配か。

これが前に進んでるのかもわからない。ポジティブなのかもわからない。そんな急成長ばかり望むものでもないか。しかし昔に比べて、ずいぶん簡単に書けるようになった。昔は書こうと思っても何も書けなかったから。今はいくらでも言葉が湧き出てくる。ほとんど紙とペンのおかげだけど。

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