人妻
人妻と遊ぶなんてことは、漫画の世界の話だと思っていた。
人妻というのは結婚という大きな仕事が終わって、ただ単純に肉体的な享楽だったり、男と女の娯楽だけに専心することができる。だから小生のような愛欲のノマドワーカー的な存在が都合が良かったのかもしれない。
前回の就活生との記事は、ずいぶんプラトニックな印象を受けたかもしれないが、今回は派手目な内容である。
書いていて思ったことだが、女によって小生もずいぶん違う男になる。どれだけ真面目で清潔感のある男でも、家に帰ればエロ動画を漁るものだし、 目の前にやれそうな女が転がっていれば、どこまでも下品に落ちていくものである。だから恋愛における男のタイプなんてものはあってないようなもので、完全な相対性。目の前の女に左右される。
しかし今回紹介する女性は、 前回の就活生の子と違って、自分のことを記事に書かれても不快にならないタイプだと思う。それどころか書いてもらってありがとうと喜びそうなものである。
もちろん例のごとく出会い系の出会いだった。アプリの写真を見るとそこそこ可愛かった。27歳だった。 小生はロリコンなので、27歳と聞くと、少し迷ってしまったところがあるが、 当時は他にやりとりをしている子がいなかったから手を打った。当時の小生は31歳だった。
田舎の学校の教室やら多目的室のような場所で、ゴルフクラブを持って笑ってる写真だった。 ゴルフ教室の講座か何かの写真だろうか。珍しく加工のされてない純朴な写真で、プロフィールもしっかり書き込まれて好印象だった。静岡に来てまだ間もないこと、友達を募集していること、仕事は保険の営業をやっていること、そういったことが細かく丁寧に書かれていた。
営業職なら安心である。出会い系で営業職というのは珍しい。出会い系はほとんど介護士と保育士の巣窟である。営業職ならコミュニケーションだったり、マナーやモラル等の問題はないだろう。何度か出会い系で営業職の女性と出会ったことがあるが、みんな非常にキビキビした気持ちのいいもので、社交面に関しては営業職の女性がいちばんだと思った。
年齢も27歳だし、きちんとした仕事に就いている。学歴も大卒。見た目も地味だし、ゴルフというまともな趣味をやっている。プロフィール文も丁寧だ。これらのことから、出会い系では珍しいまっとうな人生を送ってきた人間だと考えられる。
年齢もそうだが、後はもう結婚相手を見つけるだけという段階に見える。そういう女性と遊ぶのは気が引けてしまうが、まぁ会ってみないことには何もわかったものではない。だからとりあえずメッセージを交わすことにした。
「こんにちは。あこさん。私はしまること申します。ゴルフやられるんですね。私もたまに打ちっぱなしに行きます。ぜひお話ししましょう^_^」
と送ったら、
「しまるこさん。はじめまして、あこといいます。ゴルフやるけど、本当に下手で、やってるというのも恥ずかしいレベルです笑。こちらこそよろしくお願いします。突然ですが、今日とかご都合は大丈夫ですか? もしお時間があったらお会いできませんか?」
と返ってきた。
一通目のメッセージからすさまじい行動力である。かなり地味めな写真だと思っていたのに、まさか「今日会おう」なんて言ってくるとは。出会い系もこういう嬉しいことがあるから止められない。その日は金曜日だったから、ちょうど週末で会いやすかったのも関係しているだろう。
しかし文章は丁寧だし、本当に忙しくて今日しか会える日がなかったから、急だとは承知だけれども誘ってみようと思ったのか。そんな文章とも感じ取れる。
もしかしたらあまりにも純朴すぎて、真面目に生きてきて、出会い系というものを全く理解していないのかもしれない。アプリの人間と会うことを、営業の仕事の延長と考えているのか。あまりにもダークサイドの世界に無頓着な人間というのは、こんな勘違いすることだってあり得る。
それとも、普通に働いて忙しく生活している分、くだらないメッセージのやりとりに時間を弄しているわけにはいかないと思ったのか。結局こんなもんは会ってみなきゃわからない。実際に会って、相手のことを知ってからでないと、これから行うメッセージのすべてが無駄になる。そう思ったのか。普通に考えてみればそうだろう。毎日仕事して帰ってきて、よく分からない男とメッセージする時間ほど無駄なものはない。
たまに、パッパッパッと、さっさと会ってさっさと捌こうとする女性がいる。パッと会って気が合えばもう一度会うし、合わなかったら二度と会わない。女から誘ったら品格に触るとか、そういった考えを超越していて、現実的な男性的な考えをするのである。小生はこういう考えをする女性が大好きである。仕事もさぞできるだろう。
単純に面倒臭いのだ。おそらくこの線だろうと小生は予測していた。
ごく稀だが、いちばん初めのメッセージで、「これから会いませんか」と送ってくる女性はいる。それは行き過ぎの例ではあるが、その日のうちに会う約束を取り付けたり、さっさとメッセージを切り上げてさっさと会ってしまおうとする女性の方が、全ての面で優秀な場合が多い。反対に、会うまでにいたずらにメッセージをに費やそうとする女は、容姿も性格も知能も低劣な場合が多い。
※
実際に会ってみると、その更なる男らしさに驚かされることとなった。
「しまるこさんですか?」
なんと向こうから声をかけてきたのだ。ほとんどすべての女性は、待ち合わせ時に男の存在に気づいても、ずっと下を向いてスマホをいじっている。
これだけで、もうその女と遊ぶ気持ちはさらさらなくなるが、そんなこと言っていたら誰とも遊べなくなってしまうので、仕方なく小生の方から声をかけている。
小生が待ち合わせ場所に着くやいなや、向こうから何の一切のためらいもなく、すーっとまっすぐに近づいてきた。
「しまるこさんですか?」
「こんにちはしまるこです。よろしくお願いします」
「あこです。よろしくお願いします。どこかお店に入りましょうか」
「そうですね。じゃあこの辺をぐるぐる回って、良さそうなお店があったら入りましょう」
ちょうど駅前で待ち合わせをしたので、飲食店だろうがカフェだろうが居酒屋だろうが何でもあった。
「歩いてきたんですか?」と彼女は小生に聞いた。
「はい」
「私も歩いてきたんです。お酒とかは好きですか?」
「まぁ梅酒を2杯程度飲むだけですが。好きですよ」
「じゃあ居酒屋にしましょうか」と彼女は言った。
確かに保険の営業っぽい見た目だった。痩せていて、キリッとしていて、しかし肉付きがよく、胸がでかく、ほんのり薄い茶髪、社長秘書というか、キャリアウーマンというか、おじさんとゴルフを回ってそうな、背は165センチほどで、立ち居振る舞いに卒がなさそうに見えた。
珍しく出会い系でもちゃんとした子がいるんだなと思った。高校時代なんかもそれなりに上級のグループに属しているような感じがした。
もともと生まれは北海道で、高校の頃は都会に憧れて一人で東京にやってきて、そこで高校生活を送り、それから埼玉の大学に行き、埼玉で就職をして、それから名古屋に転勤して、今度は静岡にやってきたと言う。二度目の転勤だと言っていた。全国にたくさん支店があるらしい。きっと大きな会社だろう。そんな彼女の生い立ちや世間話を聞きながら、フラフラ居酒屋を探していた。
ちなみに小生の方はというと、こんなライオン柄のよくわからないシャツを着て、スカイブルーのようなパンツを履いて、ピンクの靴を履いて、髪型も前髪を重めでサイドを刈り上げた韓国ヘアみたいにしていた。小生の方が4つ上だけど、小生の方がずっと馬鹿そうに見えた。
出会い系ではいつもこの写真を使っていた。彼女と会っていた頃の小生はこんな感じだったと思う。友達からは「ナルシストを隠さない写真だね」と言われた。
5年間出会い系をやってきて、意外にも、一番ウケがいいのは下の写真である。
出会い系で会った女の子たちに聞いてみたところ、リア充感が出ていて、友達といる感じがして安心したらしい。「ベンチで寝っ転がってる写真がなかったら、多分会ってなかった」と3人くらいの女性に言われたこともあった。このように、少し羽目を外してるぐらいの写真の方が安心してもらえることが多い。
居酒屋
居酒屋につくと、ゆっくり落ち着いて話せそうな雰囲気になった。
「どうしてこんなアプリ始めたの? 普通にモテそうだけど」
「ありがとうー。転勤してきたばかりで、話せる人がいなくて」
「お友達募集なの?」
「はい」
「でも、アプリで友達探すって言ったって男の友達しか探せないけどね」
「そうですね」と言って彼女は笑った。
小生は改めて彼女を観察した。
巨乳でニット。ミニスカート。目のやり場に困った。声は甘ったるい感じで、話しているだけで、優しいお姉さんに手ほどきを受けているような気がしてくる。童貞ホイホイというか、お天気お姉さんというか。小生はロリコンだが、彼女と話していると、赤ちゃんみたいに胸の谷間に顔を埋めたくなった。唇が常にアヒル口で、いつも口角が上を向いており、何か意味あり気に見えた、出口王仁三郎が言っていたが、このような唇をしている女は淫乱の印らしい。
実際に肝が座った感じで、余裕あり気に、柔らかい笑顔を浮かべながら、小生の方を余裕がありそうな顔で、ニコニコして話してくる女性だった。
「あんまり緊張とかしないの?」
「しなーい」
「そんなに妖艶な感じを出して出会い系をやっていたら、すぐにお持ち帰りされちゃいそうだね」
「 毎日ごはん与えてくれるならお持ち帰りされたいかも」
「アメでいい?」
「アメ好きー。私の友達にすごくアグレッシブな子がいるんですけど、昔は、その子といつも一緒に行動してたんですけど、その子と一緒に男の人に会うと、隣でいつもニコニコしているだけの私の方を指して、『こっちの子の方が男好きそうだね』って、 どこ行っても言われたの」
「それはわかる気がする」と小生は答えた。
彼女はこんな風に会話をしながらも、おしぼりを渡してきたり、メニューもちょうど2人の間で見やすい位置に開いたり、ゆっくりそつなく動いていた。
「今は保険の営業なんだ?」
「はい。でもね、今は休職中です。すごいハードだったから身体壊しちゃって、毎日日付が変わるまでやってたから」
「保険の営業って聞くだけでハードそうだもんね。でも、日付が変わるまでって、今のご時世に真っ向から立ち向かう度胸のいい会社だね」
「私自身は営業の補佐なんですけど、たまにプレゼンだったり、企業先を訪問したりもあるんですけど、でも営業する人のための書類作成が主な仕事ですね。私も外回りするんですけど、17時頃に会社に戻ってきてからが本番って感じで、そこからいつも24時過ぎてもずっと書類作ってました」
「アプリの写真でゴルフの写真が載ってたけど、あれも接待?」
「そう〜」
「なんかすごいセクハラされそうだよね」
「されるよ〜」
「なんか女性に生まれて、女性としての性を楽しんでる感じだね」
「あは、そうかも」
「まいっちんぐマチコちゃんっていうか、そんな感じのキャラが確立してるね」
「なにそれー、おもしろーい」
「友達にパティシエの女の子がいるんだけど、その子が厨房で仕事してると、男のシェフ達にお尻を触られるんだって。その子の後ろを通り過ぎるたびに、シェフ達は何も言わずに、ちょうど後ろを通る時に、スッと触っていくんだって。男のシェフみんなにやられるらしい。『嫌じゃないの?』って聞いたら、別に嫌じゃないんだって。必要とされてる気がして嬉しいんだって。わたしのお尻ひとつでみんなが幸せになって、美味しいケーキを作る気分になってくれるんだったら、構わないんだって」
「なにそれ、ヤバくない? その職場」
「まぁそんなところで作られたケーキなんて食いたくないけどね」
「ぜったい食べたくなーい。でもそういう子の方がウケはいいんじゃない? 私は触られるのとかは嫌だけど、変な目で見られるのは全然平気」
「でもやっぱり触るにしても、人間関係ができてないと触れないんだよ。触りたい人がいて、触られても平気な人がいて、それでお互いがよしとしてるんであればそれでいいんだけど、中には触りたくても触れないシェフもいるらしいんだよ。触りたいけど、普通に話して関係を構築できないシェフもいて、みんなが触ってるから僕もいいのかなぁと思って、触りたそうにウズウズしてるらしいんだけど、ほとんど何も話したことがないのに急に触ったら、やっぱりさすがにそれはダメじゃんね? それは自分でもわかるらしくて、だから触ってこないんだって。だけど、そういうシェフはどうするかっていうと、嫉妬して恨むようになっちゃうらしいんだよ。本当は触りたいけど、素直になれないから、逆上して、『厨房に不潔な風習を持ち込むな! この職場は汚れている!』って、ギャンギャン騒ぎ出して、一度厨房で、すごい大喧嘩が始まったこともあったんだって」
「なにそれ。ほんとにいや。そんなとこで作られたケーキなんて食べたくない」と言って彼女は笑った。
「本当にね」と言って小生も笑った。
ここで小生は一つの賭けに出た。
何も言わず、無言で、ただ彼女の目をじっと見つめ続けたのである。
この頃は、変な一流ホストのモテ講座というか、テクニック動画なるものを見ていて、そのホストの武器というのが、何も言わず、ただ相手の女性の顔をじっと見つめるというものだった。
その動画のホストは、初対面の女性とピクニックデートをしていたのだが、それらしい世間話などはほとんどせず、ただ無言で女性の顔を眺めてばかりいた。
小生はここに答えがあるような気がした。われわれは盗撮した動画を眺めるように、教室の後ろの席から好きな子の顔を眺めるように、本当は何も語らず、ただじっとして、男と女の間にあるキラキラしたものを楽しみたいのではないか。
どうも社会通念に押されてか、男女の妙理よりも、世間の慣習の方が勝ってしまう無念さがある。
みんな沈黙を恐れて、沈黙を言葉の落ち葉で隠すように、一生懸命話そうとするが、実際は沈黙の中に答えがあるように思う。ホストはあえて沈黙の方へ突き進んでいたのである。
それをされた女性はどうなるかと言うと、ただたじろぎ、赤面して、身動きが取れなくなっていた。中心にある、男と女そのものという点に向かっているようで、一種の清々しさというか、余計なものが剥がれ落ちて、二人が何のために会っているのかという、目的そのものが浮かび上がっているように見えた。
女性の方でもこれをやってくる子がいる。それまで普通に会話をしていたのに、ぱったりと止め、端を置いてただじっとこちらを眺めてくる女性がいる。出会い系をやっていてそんな女性に3人ほど会ったが、それは明らかに作為的なものだったけれども、やられる方としては嬉しかった。これが真のコミュニケーションのような気がした。
考えてみればわかることだが、恋愛に奥手だったり、地味だったり、モテない男ほど、女を前にするといらん話をペラペラ喋ってしまう。そしてモテる男ほど、余裕のある男ほど、色気のある落ち着いた行動をとり、ただ静かに話の聞き役に徹するものである。何か会話をしないとと焦って、そしてその焦りが相手にも感染してしまい、そのままずっと二人で身も蓋もない会話を続けてしまうのが、出会い系の失敗の常である。
彼らは、本当に自分たちの間にあるものから目を背けるように、次から次へと会話を転がす。それは下手な素人が書いた物語のように、一文ごとに改行されて空白ばかりが目立つ文章のように、一向に深部に入っていかない表面的な会話である。
本当は男も女も何も言わず、セックス後のピロートークの空気のように話したいものである。話したくなければ話さないというような、そんな自由気ままな空気に早くたどり着きたいと思って駒を進めているわけだが、社会通念に邪魔されて、わざわざ人間ぶった行動をとる。動物のようにただ黙ってじっと座っているということができない。動物もただ黙ってこちらをじっと見てくる。われわれはその姿が何よりも好きでたまらない。大人がすぐにセックスしたがるのは、こういう理由からである、早くこのしがらみから解放されたいのだ。
何も話さずじっと見ていれば、その人の芯の部分が現れてくる。結局、出会い系なんてものはそういうことだろう。こんな飲み会だか何だかわからない、仕事の延長のような付き合いや世間話をさっさと終えて、原始的な感覚に立ち戻りたい。それはセックスでないと不可能なような気がするが、セックスをしなくてもただ無言でお互いに溶け合うことさえできれば、それが一番手っ取り早く、それが一番男と女のありようを表している。沈黙から逃げるようとしても沈黙は追いかけてくる。だから逆に沈黙に向かってやろうと思ったのだ。
という理由で、今思えば恥ずかしいのだが、当時は本当にこればかりやっていた。ここだというタイミングを見つけると、じっと目の前の女の顔を見つめてばかりいた。それで成功したかというと、成功した方が多かった気がする。お互いに心の中のガスが抜けて、その後話しやすくなることが多かった。(この人いつもこうやってるんだろうなぁ)と、女たちの顔に書いてあったが。
小生は彼女の顔をじっと見た。
彼女はわざとらしくきょとんと首を傾げながら、じっと見つめ返してきた。あまり動じていなかった。そっちがそうやって見つめてくるんだったら、私も見つめ返すよと言わんばかりだった。だがそこに強情さはなかった。柔らかく、落ち着いていた。
そのまましばらく見つめ合っていた。しかし20秒ぐらい経ってくると、小生は疲弊してきて、小生の方から目を逸してしまった。先に勝負を仕掛けといて恥ずかしかった。
次は彼女の方がじっと見つめてきた。小生の真似にしては、彼女の方がずっと本家に見えた。
「何で見てくるの?」と小生は聞いた。
「イケメンだから」
「ははは」と小生は笑った。
これはぜったいヤレるに違いないと思った。
彼女が見つめてくるので、小生も負けないように見つめ返していた。しかし何度やっても、小生が先に目を逸した。彼女の方には全く動揺というものがなく、永遠にやってられそうに見えた。小生のように無理がなかった。
彼女がもう少し揺れてくれれば、こっちも抑え込めそうなところがあったけれども、あー、これは続けても勝てそうにないと思った小生は、早々に手を引いて、何か別のアプローチを考えようと思った。そして、一息して水を飲んだ。
「いつもやってるの?」と彼女は聞いてきた。
「やっぱりそう思う?」
「うん」
「まぁ、社交辞令みたいな会話を繰り返すよりも、こうやって見つめ合ってた方が、なんだか男と女の本当の姿を現しているような気がしてね」
「ふーん。でも私親友とは目を合わせない。二人でぜんぜん関係ないところを見ながら話してる。私も基本的には目を見て話すようにしてるけど、仲がいい関係ほど、目を合わせないで話してる気がする」
「確かに」と小生は言った。
しかしこんなふうに馬鹿なことをやると、その後どこが気楽になるというか、何でも打ち解けて話せるようになる空気が芽生えるものである。小生のやった事は無駄ではなかったと思いたい。
「目の前の人がどんなやり口でホテルに連れ込もうとしてくるのか、それを見てるのが好き」と彼女はニコリとしながら言った。
「ハハハ」と小生は笑った。なるほど、性で遊んでやがる。
「なんとなく気持ちわかるかも。俺が女だったら同じこと考えそう。いいなぁ、確かに俺も、ハイエナみたいに息を荒くしてがっついてこられたら、ちょっと楽しんじゃいそうだなぁ。楽しそうでいいなぁ」
「でも、一番は好きになってもらいたい。本気で好きになられて、一生懸命部屋で、私のことを想って悶々とされたい。そしたらキュンキュンしちゃう」
「じゃあ好きになってもいいの?」
「いいよ〜」
「じゃあ、好きになるわ! もうなった! 付き合おう!」
「キュンキュンする」
と彼女は言った。え? どうなの? 本当に付き合ってくれるの? と問い詰めたかったが、それをやったら格好悪いと思って黙っていた。
しかし、これは完全にホテルに行けそうだなと思って、トドメのつもりでスキンシップを図ろうとした。小生は向い合ってるテーブルの下にある彼女の足を、自分の足でなぞった。
彼女はじっと小生の方を見ていた。小生は靴を脱いで、彼女の太ももやら膝だったり、下腿部を、筆でなぞるように、いやらしく擦っていた。
彼女は何も反応することは無く、ただ小生の方を見ていた。柔らかくて弾力のある健康的な足だった。1分ほどそうやって、だんだんと彼女の両腿の間にある秘部を目掛けて、するすると這わせていって、いざ中心地へと侵入しようとすると、
「それはダメ」と彼女が言った。
まっすぐ正面を見て言われた。おとなしくて自己肯定感の低い女だと、何をされようがされるがままになってしまうけど、彼女はやはりそういうタイプではないなと思った。
「マッサージとか好き?」
「すきー」
「俺、仕事柄マッサージ得意だからやってあげようか?」
「うん」
「じゃあ、ホテル行こう」
「行かなーい」
簡単に断られてしまって、言うことももうなくなってしまった。小生は暇を持て余すように彼女の足をこすっていた。
こんな風に軽くてエロい感じだけど、ホテルには行かないという強い意志が感じとれた。
彼女の中でここまではOKというラインがあって、それ以上のラインは崩さないという覚悟だった。だから今日はこうやって足を擦るまでしかできないらしい。
といっても、ホテルを断られて、足を擦るまでは許されて、それがわかったので、あとはもう普通の世間話なんかする気にもなれなかった。こうしてグダグダやってるのは楽しかったし、彼女も嫌そうではなかったから、たまに2人で思いついたことをポツポツ話ながら、小生はずっと彼女の足をこすっていた。そんなふうに、時間の逆鱗に触れそうな時間を過ごした。
その間、小生は何度も彼女をホテルに誘った。ほとんど惰性でダラダラと誘っていた。小生も嫌がってる女の子を前にして、そういうことはしない方だが、彼女に嫌がってる素振りはなく、楽しんでいるようだった。先ほど彼女が言った通り、あの手この手を駆使して、一生懸命ホテルに連れ込もうとしている小生の姿勢を楽しんでいるようだった。
小生も「ホテルに行こう」という、今自分の中にあるいちばん正直な気持ちを打ち明ける自由を得て、気持ちが楽だった。
出会い系の女といても、「ホテルに行こう」という言葉がいちばん最初に現れて、会話中もずっとその言葉が頭の中を占めている。そのせいで会話に集中できず、いちいちその言葉を払いのけながら、二次的三次的な言葉を選んで話さなければならない。これはとてもストレスだが、し今日はそのストレスを抱えなくて良いので気楽だった。
自分のしたいと思うことを、正直に言えることを許された環境にある。それがよかった。出会い系で交わされる会話のすべてが、二次的三次的四次的がいいところで、まるで仕事の延長に過ぎないと思っていたから。
「ホテルに行こう」
「キュンキュンする」
そして、足を擦る。
こんなことを30分ぐらいやっていた。
「ねえ、しまるこ君は31歳なんだっけ?」
「うん」
「結婚はしないの?」
「うーん、したいっていう気持ちがないわけじゃないんだけど、なんとなく、縁がないままここまできちゃったね」
実際ほとんど結婚したいと思った事はなかった。相手が27歳だから、結婚の気がありそうな言葉を選択しただけである。
「それだけイケメンで、その歳で結婚してないってことは向いてないってことだよ」と彼女は言った。
「そうかい」
「亜子ちゃんは結婚しないの?」
「嫌なこといっていい?」
「いいよ」
「しようと思えばいつでもできる気がするから」
「はー」
「高望みしなければ、すぐにできる気がする」
「その通りだと思うよ」と小生は答えた。
その後も彼女は小生の顔をじっと見てきた。やはりこの辺りは恋愛経験の差が如実に現れるのか、そのまま20秒ほど見つめ合うことになるが、いつも小生の方が先に目を逸してしまった。自分から仕掛けておいて情けない。この辺の強情さというか、自然に反する強さというものは、もともと持って生まれた能力のような気がする。
「ゴルフはさ、俺も友達と打ちっぱなしに行ったけど、なかなか難しいね、軽く打った方が飛ぶんだね」
「うん、おじさん達にも教えてもらうんだけど、どうもね、胸のせいでダメみたいなの」
「胸?」
「言われたフォーム通りにできないっていうか、言われた通りに脇をしめたフォームで打ったとしても、その通り道に胸が当たっちゃってスイングができないみたい」
「へー、そういうもんなんだ、確かにおっきいもんね。何カップあんの?」
「F♡」
「細いのに胸がでかいっていうのは本当にすごいと思う。1000人に1人いるかどうかじゃない? 細いのに胸だけ肥大化するってどういう生物の妙なんだろうね。奇跡だと思う。本当に尊敬する」
「あはは、おもしろ〜い」
こんなふうに急にゴルフの話をしたり、思いついたことを話していた。会話が途切れると、彼女はじっと小生の顔を見てきた。そして小生も見つめ返す。そしてその間ずっと足をこすっていた。
「なんでそんな見てくるの?」
「イケメンだから」
「じゃあイケメンに誘われたらホテル行くのもありかもしれないね」
「いかなーい」
「じゃあカラオケ行こうか」
「うん」
カラオケはいいらしい。
会計の時、彼女は当然のように財布を開いた。
馬鹿に足を擦られ、ずっとホテルに行こうと誘われ続けただけなのに、彼女は半分出した。
実際に、「馬鹿に足を擦られ続けて、ずっとホテルに行こうって言われてただけなのに、出してくれるなんて偉いね」と言ったら、「自分が食べて飲んだ分なんだから、自分で払うのは当然でしょ」と彼女は言った。
カラオケ
小生はミスチルの名もなき詩だったり、尾崎豊のフォーゲットミーノットなどを歌っていた。いかにも30代の男が歌いそうな歌だ。
その間ずっと彼女は手拍子をしてくれたり、身体を揺らしたりしながらニコニコしていた。一切スマホやデンモクを見たりすることはなかった。
カラオケはニ時間程いたが、彼女は一曲しか歌わなかった。モーニング娘の「乙女パスタに感動」という曲で、「金曜日〜♪ 明日は休み〜♪」というサビの歌詞の曲だ。
「今日は金曜日だしね」と小生は言った。
「私これしか歌えないの」
と言って、彼女はこの曲を歌いあげたら、その後は一切歌うそぶりを見せなかった。友達とカラオケに行っても、いつもこの曲を一曲だけ歌って終わりらしい。彼女らしい、緩く、甘ったるい声と曲がよく合っていた。
小生は歌い終わった後はすぐに残りの演奏部分を消すので、その癖を見抜いた彼女は、小生が歌い終わったと見るやいなや、一回いっかい「この曲消す?」と聞いて、デンモクを操作してくれていた。彼女の営業補佐という仕事の一面が垣間見れたようだった。
歌い終わっても、すぐに自分の番が回ってくるので、こんなに歌ったのは初めてだった。
小生はストライカー気質というか、点取り屋タイプというか、湘北でいうと流川楓のような人間だから、相手がただ歌っているのを二時間も黙って聴いているということができない。
退屈じゃないのか、ストレスたまらないのか、ずっと相手が歌っているのを聞いてるだけなんて、とても耐えられるものではないと思うが、あまり声帯が強くなくて大きな声を出せないらしい。いつもカラオケに行くと聴いているだけと言って、一切歌わなかった
小生は「冷やし中華始めました」を歌ったが、彼女はいつも通り体を揺らしながら画面を見つめているだけだった。笑ったり反応されることもなく、普通の一曲として流れた。
たまに彼女は、小生が歌っているのを、居酒屋の時のようにじっと見つめてきた。だけど居酒屋と比べると、ずいぶん柔らかい表情だった。そんなふうに小生を見つめて、見つめ終わると、また画面の方を見て、ずっとニコニコしていた。その空気があまりにも居心地が良かったから、小生はよくわからないまま、次から次へと、2時間歌い続けていた。
フロントから終了10分前のコールがかかってきた。
「じゃあ、帰ろうか」と言ったら、彼女は「びっくりした。本当にすごい誠実なんだね。まさか何もされないとは思わなかった」と言った。
小生はハッとした。そうか、いやそうだ。俺は一体何をやってたんだ。やっぱりアレだったのか、こっちを見つめてきたのはやっぱりサインだったのか。俺はほんとに一体何をやってたんだ? 何が楽しくて2時間も歌い続けてたんだ? 何が楽しくて冷やし中華はじめましたなんて歌ってたんだ? 目の前に冷やし中華よりよっぽどご馳走があるじゃないか!
小生は2時間を取り戻すかのように彼女に食らいついた。
ちょっとホテルを断られたくらいで何やってるんだ俺は! カラオケもホテルとかわんねーじゃねーか!
ぎゅっと抱きしめてエロいことをした。胸を激しく揉みしだいてやった。彼女は堂々と毅然としていた。触られようが触られなかろうが私の態度は変わらないというように、姿勢を変えずにそのまま座っていた。でも抵抗する事はなかった。
くそ! あと10分しかねぇ! 10分だしカラオケだし本番行為もできるわけがなく、小生は残り時間を頭の右上のあたりに表示させながら、ただずっと彼女の胸を揉みしだいていた。
ずっとやりたいと思っていた彼女の胸の谷間に顔を埋もれさせ。グリグリ回して、ひゃっほーい! というかのように、照れも外聞もなく顔を埋もれさせてグリグリしていた。もしメガネをかけていたら、フレームが暴れて外れそうになって大変なことになっただろう。
歌っているよりずっと楽しかった。この楽しい時間は、2時間前からずっと許されていたのだ。
「じゃあホテル行こう」と言ったら、やっぱり彼女は頑なに断った。
何だろう? 身体に火傷の傷があるとか、たった今、こんなエロイ事をしているのに、なぜホテルはダメなんだろう?
「理由は何なの?」と聞いてみた。
「今、チョコ食べ過ぎて太ってるから」
「本当にその理由なの?」
「うん」
「俺は気にしないよ」
「私は気にするの」
本当にその理由らしかった。どこからどう見ても太っていなかった。実際に身体を触った感触からもそんなに太っていない事はわかっていた。
だがこの点は女の美意識の問題なので、これ以上は改心させる事は難しそうだった。これは生殺しというか、2回目3回目も会っても、これ以上先に進むのは難しいと思われた。落とせそうで落とせない、やれそうでやれない、という魅惑のライン。まるでキャバ嬢だ。キャバクラにはまる男の気持ちもわからないでもない。キャバクラというよりおっぱいパブか。
「1840円になります」
彼女は一曲しか歌わなかったのに、また会計の半分を出した。
時刻は22時過ぎで、ホテルも断られたので、解散することにした。
「じゃあね」と言ったら、「チュウは?」と言ってきた。
チュウ?
22時。駅前だから通行人もたくさんいる。小生はこんなに人通りの多いところで、外のど真ん中でチュウをするなんていうことは一度もなかった。
しかしあまり迷わなかった。生まれつきそういう所に疎く、考えずにやれてしまうところがあった。ずいぶん長いこと、人通りの多い駅前で彼女とチュウをしていた。行き交う人々たちの視線を感じた。
彼女は歩いて帰っていった。小生もまた歩いて帰った。
電車に乗れば10分ぐらいで家に着くが、歩けば30分ほどかかる。夜空が綺麗で、風も気持ちよかったので、歩いて帰りたくなった。彼女もまた、歩いて10分ぐらいのところに自宅があるらしい。しかし家は反対の方向だったのでここで別れた。
小生は彼女のことを思い出しながら、夜風を浴びて、ポツポツと歩いていた。「何もしないの?」と聞いてきたり、「チュウは?」と言ってきたり、まんざら気がないこともないらしい。ホテルまでの道のりは案外長そうで、しばらくはこのような生殺し状態が続くかもしれないが、彼女と一緒にいるのは心地いいし、おっぱいパブのように乳を揉みしだきながら下品な会話をできる楽しみがある。彼女もそれを望んでいるようだ。おっパブと違って、会計の半分を出してくれるから、金銭的にも楽だ。
小生は彼女の方を振り返ってみた。歩いてる姿が見えて、どんどん小さくなっていった。小生は少し歩くごとに彼女の方を振り返って、何度も見た。彼女がカバンからスマホを取り出して、耳にあてているのが見えた。
小生のスマホが鳴った。
「ねえ、お互い家に着くまで、こうしてお話して帰ろう」と彼女の声が聞こえた。
面白いこと思いつくもんだなぁと思った。慣れている人間はこんな発想に至るのか。彼女は今まで付き合った男と、デートの終わりはこんなふうに帰宅していたのか。
追いかけなくていい恋は楽だ。小生がめんどくさいと思って、手を抜こうとしたり、あきらめようとしたり、どうでもよくなって、冷静になって、日和見になるとき、彼女の方から間を詰めてくる。掬い上げてくれる。この電話は、そういった性格を持った電話に見えた。電話をかけてきてくれたこと、それだけが嬉しくて、何を話したのかほとんど覚えていない。ただその嬉しさだけが全身を包んで、その光芒の中で夜道を歩いた。キラキラして見えた。
出会い系というものは、案外ここで終わってしまうことが多い。お互いに、どちらかが声をかけてくれるのを待ってしまうのである。「いってもそんなに好きじゃないし」「向こうから声をかけてくれるんだったら、もう一回会ってもいいかも」と。だから、別れたそのすぐ瞬間に、電話をかけてくるという彼女の行為は、これまでの小生の出会い系観を打ち壊すのに十分だった。
女が積極的な男に落とされていくのはこんな感じなのかと思った。彼女はしたいことやりたいこと、したくないことやりたくないことがはっきりしている。そしてそれを外に表し、行動に一切の迷いがない。出会い系をやる男と女は、そんな男や女に振り回されたいのである。
多くの人間は、こちらへ電話をかけようかどうしようかと迷っている人間にイライラするものである。全くかける気がないのであれば、こちらもそこまで気にならないでいられるし、諦めもつくが、かけようかどうしようかとウジウジされると、無性に腹が立つものである。自分のことを棚に上げて、「さっさと早くかけてこいよ、この意気地なしが」と思うのである。唯一腹が立たないのは、全く迷いなく電話をかけてきてくれた時のみである。
イライラするのは、相手の中に自分を見いだすからである。なんと、それを乗り越えて電話をしてきてくれたとしても、まだ憎しみの炎が消えなかったりする。「ほう、やるじゃん。電話をかけてきたか。じゃあ次はどうする? どんな会話で俺を攻略するつもりだ? そんなにビクビクオドオドしてたんじゃ俺は落とせないぜ?」と余裕をかまし、冷たく対応してしまったり、嫌味の一つを言ってしまうものである。相手がビクビクオドオドしていると、相手の弱さに寄り添う気持ちさえも、自分の弱さすらも、そのオドオドにかき消されてしまい、嫌な人間になってしまうものである。そして全てがうやむやになり、気づけばいつも誰も残らない。亜子ちゃんのように、まったくためらいがなく、ノータイムで間を詰めてくる人間には、そういった悶々がすべてかき消される。小生は感動した。恋愛においていちばん重要なのはこれだと改めて思った。わかっていても、これができない。だから、これができる人間がすべてを持っていく。彼女の事はとっくに好きになっていたけど、この電話で完全に好きになってしまった。このようにして、受け身の女は恋に落ちていくものである。
彼女の家は駅から10分。小生の家は30分。早く家に着いた彼女は、残りの20分をどう過ごしたか。彼女は小生が家に着くまでは家に入らないと言って、近所の外の公園で過ごした。「寒いから家に入りなよ」と言っても、彼女は入らなかった。公園のブランコに揺られながら小生と話していた。小生もブランコに揺れる亜子ちゃんの姿を想像しながら話していた。ブランコは、小学生の女の子がやるより、27歳の女性がやる方がずっといい。そのとき小生は嬉しくて浮かれており、ほとんど違和感を覚えなかったが、彼女には家の中では電話できない理由があったのである。