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「ゼロ秒思考」 読後レビュー

投稿日:2021-04-16 更新日:

はじめに

この「ゼロ秒思考」というタイトルを聞いたことない人はいないと思うが、最近になって初めてこの本を読んでみた。2013年の本である。

まぁ最近の本よりも昔注目された本を読む方が、手ごたえがあることが多い。

マコなり社長が動画で薦めていたから、気になってこの本を買ってしまった。小生はマコなり社長の動画のファンであり、マコなり社長の仕事哲学から大きな影響受けている。

マコなり社長はいろんな動画でこの本を進めており、同時に岡本太郎の「自分の中に毒を持て」という本も薦めている。

岡本太郎の本は、小生もいちばん影響受けた本であり、この本を第一に薦める人の本というのは、他の本も信用できそうだと思ったのである。マコなり社長も岡本太郎の本を読んでから、人生観が激変したといっているが、小生も同じである。

そんなわけであってこの本を購入した次第である。

正直買う前からどんな内容かは大体予想がついていた。ほとんどが自分が知ってる内容だと思っていた。アマゾンレビューを見ても「予想通りの内容だった」とか、「同じ内容をずっと繰り返している」とかそんな評価が目立っていた。「メモの魔力」という有名な本もあるが、あれも大方予想通りの内容じゃないかと思われる。

だがそんなことはどうでもいいのだ。たった1つや2つ新たな知見が手に入ればいい。特にこのメモに関する情報は人生でおいていちばん大事だといっても過言ではない。

マコなり社長は動画で、「自分が成功したのはA4用紙にメモをひたすら書き殴っていたからだ」といっているが、成功者じゃない小生も、まったく同じように思う。

内容

さて、内容だが、頭が良くなるために書かれてある本かと思ったら、内容の半分は感情を落ち着かせるため、人間関係を良くするための記述だった。

とにかく思っていることを書き出せば、その人の悪口だったり、実名だったり、どんなに悪いことや嫌なこと下品な事でも、書けば自分の気持ちが楽になるからとにかく書けと、とても強く勧めている。著者はそうやって乗り越えてきたのだとよくわかる文章である。

そしてそれは人に見せるものでもなく、ただ自分だけの下にしまっておくのがいいと言っている。そしてそれは見返す必要もなく、ただ書けば、その時点で気持ちが整理されて頭と心ががすっきりするという。

まぁ人に見せるわけでもないから何を書いたっていいわけである。確かにこの方法は多くの人が勧めているものでもあり、小生の尊敬する加藤諦三さんも言っていたことだ。

仕事だろうが人間関係だろうが感情だろうが創作だろうが、まず第一にA4用紙に書き殴るというところから始めると、いちばん最初のとっかかりとしてこれ以上のものはない。それは小生もよく経験してきて身に感じるものである。

大多数の人は、まとめようとすると頭が動かなくなる。まとめようとせず、考えようともせず、感じたままをメモにはき出すことで、いくらでも思考が進むことを説明してきた。 その究極が「ゼロ秒思考」だ。考えるということに対して、苦手意識がなくなり、現状把握も課題整理も実際の行動に関しても、すっと浮かぶようになる。毎日10ページのメモ書きを数ヶ月続けていくと、この「ゼロ秒思考」の感覚がだんだんとわかってもらえるようになる

頭に浮かぶことを次々とメモに書くだけだ。ただ、ノートやパソコン上ではなく、 A4の紙に1件1ページで書く。ゆっくり時間をかけるのではなく、1ページを1分以内にさっと書く。

これは不思議なことなのだが、明らかにデジタルデバイスよりも紙とペンの方が発想という点ではずっと捗る。

「沈思黙考」という言葉があるが、ひたすら考えを巡らせ、ああでもないこうでもないと考えるだけで思考が進むことはあまりない。多くの場合、時間の浪費になる。

これは耳に痛い言葉で、最近はドトールで、ただ何かが思いつくのを待つように、ずっと何もしないでぼーっとしている日々が続いた。こういう時は大体何も訪れないまま、何も着手しないまま終わってしまうことが多い。

反対に、何でもいいからとにかく思いつくことを紙に書いて、箇条書きでも何でもいいから、何でも思いつくことをひたすら書きまくっていると、それに関係することしないことを問わず、いろいろアイディアが湧いてくる。

小生が調べた限りでは、何もしないでぼーっとするほうがいいという意見もあるため、ぼーっとすることと、とにかく書き出しまくることと、両方を体験して比べていたが、やはり後者のほうが捗るということを実感した。

面白いものだが、自分の頭の中で悶々と考えていると、ほとんどの場合は前進は望めないが、文章に書いたり、あるいは人に語ったりしていると、必ずオチは前向きなところに向かう。

悶々と自分の頭の中で考えているだけだと、堂々巡りであり、前向きな形で終わらないということがある。書くことは、書くだけで、最終的にゴールへと自然と導かれるのである。

「結局どうしたって最後のところは前向きになって頑張るしかないんだし」というオチに、人間は必ず行き着くようになるらしい。そうしなければ生きていけないし、現に生きているという事はそういうことであることに他ならない。

人間の生理がそうなっているため、たとえ悶々と考え続けていても、オチは前向きな方向に行くものだが、時間がかかる。文章に起こすことでそれが極めて単純に明確になり、早く前向きな気持ちになれるものである。

書いて並べて貼り付ける

見た目などまったく気にせず、気になるところ、気づいたところから書き出していく。

内容は思いつくままでよい。こうやって書き出していくと、アイデアは自然にいくらでも生まれてくるようになる。書いていくうちに、だいたいこんなものかなと思えるアイデアが湧いてくる。似たようなアイデアでも1ページ内に付け足さず、別の紙に書く。書いたら一度全部の紙を大きな机の上に並べるとよい。 それを眺め、他のアイデアが生まれたらまたそれをすぐ書く。20〜30分、数十ページも書けばだいたい出尽くした感じになる。その中で一番よさそうな案に仮決めする。あれこれ悩まない。単なる仮決めだからだ。

小生はよくこの方法を使う。ずっとこの方法で書いてきた。この本を手に取ったのも、自分の方法にさらに磨きをかけるためである。

今まではこのカルタ取りをスマホでやっていて、いちいち前の画面に戻ってコピペするのが本当に死ぬほどめんどくさくて、それが辛くて記事を書くのが嫌になっていた。

現在iPadでは2画面でやっているが、これでも正直実は小さいと思っている。だから本当は20インチくらいのiPadが出てくれたらめちゃくちゃ嬉しいのだが。

思いついたことを片っ端から書き殴る時にもでかい画面のほうがいいけれども、問題はそこではなく、思いついたものを並べていく時にでかい画面のが良いのである。

変な馬鹿でかい32インチのウルトラワイドモニターを買ったのも、このカルタ取りのように並べるときに楽かなと思ったからである(速攻でこれから売り飛ばすがw)。

切り絵みたいに小さい紙を、大きな画面でベタベタ貼ったりしているときの方が、アイデアがよく出そうである。そういう意味でいえば、デジタルよりアナログのほうがいいんじゃないかと思う。

と思ってたら、著者は本当にやっていた(笑)

やっぱりありかもしれんな。

机の上に並べたA4メモを見ながら、新しいアイデアが湧いてきたらまた書く。構成などはまったく気にしない。もし同じ内容が2ページに分かれている場合は、1ページにまとめ直す。書き足りないな、何か抜けているなと思えばすぐ1ページ追加する。すべて1ページ1分以内だ。捨てる時も、どのページも1分以内で書いたものなので、まったく惜しくはない。書こうと思えばまたすぐ書ける。何ページだって書ける。

しかしこれだと裏に書けないんだよなぁ。画面にばーっと置いて並べて見渡そうとしたら、裏にひっくり返すことができなくなる。つまり裏に書けなくなる。紙がもったいない。

と思ったらそんなこともないか。そのプロジェクトで書き終わった用紙のオモテ面はぜんぶバッテンをつけて、新しいプロジェクトを書くときは、ぜんぶ裏返しにして再スタート切ればいいだけだった……!

5〜10ページ書き出したらもう一度並べ直してみる。並べ直しながら考える。

文章は、ほとんどこの並べ直す作業の連続のような気がする。

1ヶ所直せば他にも直すところが出てくる。そこを直すと、また別のところを直すことになる。そこを直して、もう一度全体を見直すといったサイクルを何度も何度も繰り返す

Googleドキュメントで並べる時も見出しを並べる分にはいいんだけど、本文までは全文表示できないからね。

おそらくすべての仕事に共通することだと思うが、とにかく最初のとっかかりに全力をかけるべきである。いちばん最初のとっかかりさえうまくいってしまえば、ほとんど完成したのと同義である。

昔、小生は漫画を描いていた時、ネームを書くのが遅かったけれども、いちどネームを書くと、大体5日くらいで漫画を仕上げて(絵がめちゃくちゃ下手だったから早かっただけであるが)、すぐに集英社に持ち込みに行ったものである。

ある程度書き出して、後は形にするだけという段階になると、何の迷いもなく猛烈に作業を進めることができる。まぁこの辺は人それぞれかもしれないが、少なくとも小生はそうだった。漫画でいうネーム、文章でいう見出し。とにかくたくさん見出しを作るということか。

やはりメモ。メモが足りてないから作業に行き詰まってしまう。

天才というのはまず全員紛れもなくメモ魔である。レオナルドダヴィンチ、アインシュタイン、エジソン、天才とか偉人と言われる人間にメモ魔でない人はまずいない。

以下はD・カーネギー・話し方入門に書かれていたことだが、この「ゼロ秒思考という本」は、この文章をさらに深掘りした内容であり、以下の文章をもっと詳しく知りたいと思っていた小生にとっては、とても満足のいくものだった。

『ドワイト・ L・ムーディは、宗教史に残るその数々の演説を、どのように準備したのでしょうか?  そう聞かれて、「秘訣などまったくありません」と彼は次のように話しています。「何か一つの題材を選んだら、まず大きな封筒の表にその題名を書きます。私の手元には、そんな封筒がたくさんあります。どの題材についてであれ、本を読んでいてこれはというものにぶつかったら、それをメモして該当する封筒に入れてそのままにしておきます。またいつもノートを持ち歩いていて、人の説教の中に、どれかの題材を解明してくれそうなものを耳にしたら、書きとめてそのメモを封筒に入れます。そして、たぶん一年あるいはそれ以上もそのまま放っておくんです。新しい説教の文句が必要になると、ためてあったものを全部引っ張り出してきます。封筒の中身と自分の勉強の成果を合わせれば、それで素材は十分。あとは、こっちを削ってあっちで加えるといった調子で、絶えず自分の説教の原稿に手直しをしていくので、決して内容が古くなることなどありません』

ちょうどいい機会なので、ヴィクトル・ユゴーに関するメモをここに残しておく。

『父(ヴィクトル・ユゴー)はほんのささいなこと──よく眠れたとか、なにか飲むものをくれ、とかいう会話以外のすべて──を一言いうたびに、メモ帳を取り出し、いま自分がいったことを書きとめた。なにひとつ取りこぼさなかったし、そのすべてが活字になる。だから、息子たちが父のいったことを自分の作品に使おうとしたら、必ず見破られてしまう。自分たちがメモしたことはすべて、父の本が出たときに、もう世に出てしまっているのだから』

ついでにゲーテの文章も引用しとくか。必ずすべての仕事に共通することだろうから。

現在は現在としての権利を要求している。日々詩人に思想や感情を通じて迫ってくるものは必ず表現されることを要求し、またされなければならない。詩人が日々現在の与えるもののみを掴み、提供されたものばかりをいつも清新な気分で取り扱っていると、確かにいつも立派なものができるだろう。そして、たとえそれがたまたま失敗しても、何の損にもならない。世の中は広く豊かであり、人生は複雑だ。だから、詩をつくる動機がなくて困るようなことはない。しかし詩はすべて機会詩でなくてはならない。つまり現実が詩に動機と材料とを与えなくてはならない。まず君が小さい題材を、日々君に提供されるような事を、絶えずすぐ作っていたら、大抵立派なものができるだろう。そして毎日を楽しく暮らせるだろう。何よりまずそれを年鑑や、雑誌に書きたまえ。しかし、他人の依頼でしないで、たえず君の思うままにやるようにしたまえ。

著者はメモの習慣さえ身に付けば、誰でも天才的な仕事ができるという。

最後に著者の素晴らしい言葉を引用する。

人間は本来みな頭がいいからだ。

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