出会い系「90人と出会って20人ほどやった体験談」

出会い系でいちばん大好きだった子 2

彼女との電話

電話というものは、対面よりも深い話をしやすいもので、俺は友達と会っているときはあまり深い話はしないが、電話だと深い話をする。テレビとラジオの関係のようなものだろうか? ラジオだと素で話してしまう、と芸人たちがよく言っているように、視覚的なものが排除されると、その力が節約された結果、思想面に倍加して働きかけてくる効果があるものと思われる。

しかし、女と電話するのは苦痛だった。俺はこれまで、女と付き合っても電話をすることはほとんどなかった。あまりにも電話をしないために、それが原因で別れてしまうこともあった。

お笑い芸人の有吉と若林は、ラジオで、2時間以上、女と一緒にいられないと話していた。若林は、「ファミレスで女と話すのは2時間が限界」と言っていて、それ以上になると、帰ってしまったことがしばしばだったという。

俺もまったく同じ病気に罹患しており、女と2時間以上、会話したり、電話することができなかった。

まったく時間を無駄にしているような気分しかしなかった。女と話しているのは、いうなれば、文章でいうなら、一文、いちぶん、情報が更新されていくのが自然であり、新たな知見なり価値が更新されていかなければ、まったく用をなさないずなのに、ずっと平坦なような、同じ場所にいるような、地続きのような、変わり映えしないところにいつまでもいるような……、若林も有吉も今は平穏な結婚生活をしていることを思うと、相手がよかったのだろう。確かに、夏目三久は素晴らしい女性だ。若林も、奥さんと初めてデートをしたその日に、「俺も、もう40だからなぁ……」と言ってしまい、その女性から「それダサいっすよ」と言われ、それで火がついたとラジオで話していた。この手の男は、俺も、若林も、つまり、この病気にかかっている男たちは、ツッコミタイプの女性か、ガツンと言ってくれるタイプの女の方が相性がいいかもしれない。

だが、不思議と、早希ちゃんとの電話は楽しかった。

話を無下にするようだが、11個も年下の女子大生と電話するなんて、それだけで楽しい。

就活のこと、地域のこと、学校のこと、バイトのこと、食べ物のこと、好きな男のこと、iPadのこと、MacBook Proのこと、なんでも話した。

『今日いい?』とLINEが送られてきて、『うん』と返す。『バイト終わって、ご飯食べてお風呂出るのが21時くらいになるから、21時でいい?』ときて『わかった』と返す。そしてきっちり21時に電話していた。二人とも真面目である。

『これから面接。帰ったら一緒に反省会よろしく』とLINEが送られてくる。それで、きっかり21時になると電話していた。

一つ、心に残っているやりとりがある。思い出して書き出してみようか。(↓こちらは電話じゃなくて、メッセージのやり取りだが)

早希「ねえ今外?」

しまるこ「うん」

早希「何してるの?」

しまるこ「スーパーにいるよ」

早希「ふーん」

しまるこ「イベリコ豚か、これにするか」

早希「スーパーよりコンビニのお肉の方がよくない?」

しまるこ「レジ混んでるな。帰るか」

早希「買わないの?」

しまるこ「いまTSUTAYAにいる」

早希「移動はやくない?」

しまるこ「仁ないな」

早希「仁って何?」

しまるこ「ドラマだよ。テレビの放送が面白かったから、漫画版と比較したいから借りにきたけど、ないな」

早希「ないの?」

しまるこ「今家にいる」

早希「サクサク移動するね!」

この「サクサク移動するね!」というツッコミが好きだった。『ないの?』『あるの?』といったふうに、一個一個、時間を止めて、小さな文章に対して小さな反応をよこすところがよかった。

※

「ねぇ、あなたの夢は何?」

ある日、電話をしていると、そんなことを聞かれた。

「そうだね。自然に囲まれて、天井の高い、ログハウスのような木を基礎としたような部屋で、窓が扉ぐらいに大きくて、そこから日光が差し掛かってきて、庭の景色が眺められて、横幅180センチ縦平90センチサイズの電動のスタンディングデスクを置いて、そこで作業したいね。机を壁にくっつけて配置する人いるけど、俺はあれがどうしてもダメなんだよ。それで、庭にサンドバッグが吊るされてあって、執筆途中に、それを定期的に蹴りに行きたいね。そういう環境を作りたいんだけど、それは今でもできるかもしれないんだろうけど」

「素敵」

彼女は素敵というのが口癖だった。

俺にはもう一人、素敵、と言うのが口癖の女性を知っているが、彼女たちの目には、いつもこの地上に初めて降り立ったような、この世界が常に朝日に濡れて半濡れがかっているように見えているのではないかと考える。

「わたしもそういうとこに住んでみたいけど、でもそれだと仕事が限られそう」

「役所仕事だと無理だろうね」

「あなたはがんばりなよ」

彼女はあなたというのも口癖だった。

「早希ちゃんはすごいよ。本当にすごい。国立大学生だし、就活も手が届きそうだし。まだ21歳なのに、こんなに若いのに、知識に貪欲だし、ぜったいに内定も取れるよ。自分の夢に向かって、それが現実となりつつある。若いのに、ほんとに凄いよ」

「うん若いよ。わたしには若さがある」

こういうとき、キッパリと言い放つところがあった。

「でもあなたには知識があるでしょう?」

「知識、ねぇ」

なぜか俺は、俺が彼女にクイズ王的知識がたくさんあると思うのと同じくらいには、彼女から知識があるように思われていた。俺はiPadの話をするくらいで、あとはほとんど聞き役に徹していたように思うが、どこで知識ある人間にうつったのか。せいぜい、20歳かそこらの男はエロいことしか考えていないとか、20歳や21歳の男だったら、やれるチャンスがあったらかならずやるとか、そんなことを言っているだけだったが。

「ちょっと物知りなお兄さん」

と早希ちゃんは言った。

※

ある日、電話していたら、だんだん眠たくなってきて、俺は、「寝るにゃん」と言った。

「うわ」

「寝るにゃん」

「ドン引き」

「にゃ?」

「寝ろ」

この、「寝ろ」が好きだった。

「ドン引き」も好きだった。

彼女は、電話を切る段となると、決まっていつも、「今日もたくさんお話してくれてありがとう。いつもこんな大学生の相談にのってくれてありがとう。あなたには何もメリットないのに。あなたは本当に優しい」と言った。

俺はこの言葉を聞くたびに心が洗われる気がした。いつも親友と電話をしているときは、「焼きうどん食いたくなってきたからコンビニ行ってくるわ」と言われ突然切られる。「きょう月曜? もうジャンプ出てるかもしんない」と言って切られたこともある。やっぱり女の子は違うなと思った。

俺はいつも、自分と早希ちゃんの関係について考えていた。

この関係はなんだろう。奇妙な関係だ。この関係は友達だろうか?

しかし彼女がデブでブスだったら、電話をしていないだろうと思った。

※

「俺にいろいろ相談してきてくれるのは嬉しいんだけどさ、学校の友達にはそういったことを話さないの? 就活の話なんて、学校の友達としたほうがよさそうだけど」

「うーん」

とテンションの低い声が返ってきた。

「友達の彼氏が、わたしのことを好きになっちゃってね」早希ちゃんは言った。「わたしは地味でチョロそうに見えるから、落とせそうだと思われるんだと思う。派手な見た目とかしていれば、声をかけられることはなかったと思うんだけど」

早希ちゃんはそれ以上に語りたがらなかった。女にはそういう世界があるのか、と思った。おそらく、察するに、早希ちゃんの友達の彼氏が、早希ちゃんのことを好きになってしまって、その友達と絶交することになってしまった。その結果、グループからも離脱することを余儀なくされてしまったのではないかと、俺は推測した。

 

彼女の考察など

彼女はよくツッコミを入れてきた。はじめてのデートの日から、俺にツッコミを入れてきた。入れてきてくれたというべきか。

基本的に、恋愛のテクニックサイトでは、女のボケに男がツッコむようにしろと書かれてあるが、俺はその反対をやってしまっていた。

女は基本的にボケたがっているから、男はツッコミにまわれと、そういうことらしい。

たしかに、少女漫画などにおいても、女がボケたり、落ち込んだり、へんに明るかったり、ドジだったり、そういうときに男がツッコむシーンが多い。少女漫画は女の願望が詰まっていることから、その理想系として最も正しい。女の揺れ動きを、男が完全なタイミングでカバーしていて、女は揺れ動いているだけだ。このことから、やはり女はツッコまれることを望んでいると考えられる。性器の形状にしたって、男が突っ込む側で女は突っ込まれる側だ。

早希ちゃんでさえ、本当のところでは、ツッコまれることを希望していることだろう。

たんに、相性の問題といわれればそれまでだが、頭の回転が速く、度胸がないと、ツッコミにまわれるものではない。彼女は頭がよかった。俺は話をするときに失敗することがよくあり、話の階層が混みいってくると、何を話しているのか分からなくなってしまうことがしばしばであり、そういうときは、いつも彼女が元に戻してくれた。彼女はわからないことをそのままに聞き流すことがなく、わからなければ、かならず聞き返し、聞き返さなくても、ほとんど一発で理解していた。また、こちらが話している間は絶対に話を遮らず、話を別の方向に持っていこうともしなかった。21歳でこれができるというのは、どういうわけだろう? 

いつも電話で話す友達にも、こういうところがある。わからなくても、そのままにせず、わかるまで聞き返してくる(やはり、そういう人間は決まって仕事ができるものだ)。俺みたいに、なあなあにして、だいたいこんなことを言っているだろう……と聞き流すようなことをしない。この友達ですら、何度か聞き返してくることがあったけど、早希ちゃんにいたっては、聞き返すということすらほとんどなかった。なんだか、俺は今、自分でもよくわかんないことを言っていて、ほとんど会話は混沌に陥っていて、もう収拾がつかなくなっているように思われるけれども、「ん?」とか、「え?」とも、「それどういうこと?」とも聞き返してこない、それでも、相手は、受話器の向こう側で、花崗岩のようにドンと鎮座しているように感じられ、そういうとき、俺はいつでも、本当に今こいつはこの会話の流れをわかっているのか? と、テストしたくなり、それを明らかにするためだけの質問をしたものだったが、それでも、かならずいつでも早希ちゃんは、百発百中で当を得た答えを叩き出していた。俺はもう彼女を疑うことすらしなくなっていた。

妻にするならこういうタイプがいいだろうと思った。こういう女性がいることを知ってしまった上で、どうして他のタイプの女性と結婚できるだろう?

「ガスは契約してない。水道で頭を洗ってる」

「ガスくらい契約しなよ!」

「洗濯機もない。ぜんぶ手洗いしてる。基本的に抗菌防臭の服を選んで着てるから、洗うのは下着だけでいい」

「じゃあ服はどうしてるの? 洗わないの?」

「二週間に一回実家に帰って、お母さんに洗ってもらってる」

「サイテー!」

この、「サイテー!」もよかった。

 

就職活動 1

「今日面接でね。『第一希望として広報を希望されていますが、必ずしも希望の部署に配属されるかはわかりません。営業での仕事になる可能性もあるかと思われますが、その点をどう思われますか?』って聞かれたんだけど」

「うん」

「『広報の仕事は私の興味のある分野ではありますが、御社の営業の仕事も大変興味深いと思っております。営業の仕事は広報とは異なり、直接得意先企業に商品を紹介したりプレゼンテーションするスキルを問われる形となるかと思われますが、その仕事も広報の特色を内包されていると思われ、私はモノや商品を顧客に伝達することに喜びを見出します。それが私の想像しているものと違ったとしても、自分なりの方法で価値や興味を見いだせると考えます。それは、私はアルバイトや部活動、また学校のイベントや企画等に積極的に参加し、その体験の中で、思い描いてたものとは違っていたという経験を何度もしてきましたが、その都度、自分なりに物事の見方を変えて、楽しみを見出したり興味を持ったりする経験を得ていくことで、当初に思い描いていたもの以上に充実した活動にすることができたからです』って答えたんだけど」

「いいんじゃない」

「本当?」

「うん」

俺はいつも「いいんじゃない」と言うだけだった。ほとんどアドバイスらしいアドバイスをしなかった。

というのも、俺は、大学4年の3月になっても就職活動をしていなくて、本当にめんどくさくて、リクナビのエントリーシートを書くのも面倒くさかったので、タウンワークで新卒の職探しをした。その結果、半壊している印刷工場に就職した。試験も何もなかった。履歴書一枚持っていっただけである。その工場は大卒など一人もおらず、「法学部ということだけど、これまで勉強してきたことはうちでは何も活かされないかもしれないけど大丈夫?」と聞かれ、俺は「大丈夫です」と答えた。面接はそれだけだった。

早希ちゃんは、役所だか官公庁やらが本命の就職先ではあったが、同時に7〜8社の企業を受けていた。すべて名の知れた大企業であり、7次や8次まで試験があったが、そのどれも一次や二次を突破していた。

本命の、役所だか官公庁やらは、内部の人とコネがあるらしく、高校時代から頻繁に出入りしていたこともあって、働いてる人たちとは全員顔見知りの仲で、「面接がんばってね」「はやく一緒に働けるといいね」と応援されていた。じっさい人事からも、「筆記さえ通れば取るよ」と言われており、だから熱心にほかの企業を受ける必要もないように思われたが、早希ちゃんは手を抜こうとしなかった。

「今日は本命の面接に行ってきたよ」

「へーそれは何次? 3次だっけ?」

「本命はまだ一次だよ。3次はOA機器のとこ」

「OA機器のとこは何次まであるんだっけ?」

「5次」

「5次!」

ひゃー! というふうに俺は驚いた。「5次って、『5時だよ!全員集合!』じゃあるまいし……。ほかの企業が6次とか7次とかやってるから、それ以上の回数にしようとして企業間で競ってるだけじゃない?」

「うん、でね、質問されたのが、『昨今は、AIや人工知能が台頭されてきていますが、弊庁においても必要だと思われますか? またそれに伴って想定されるメリットデメリットがあればお聞かせください』って言われて」

「必要でしょ」と俺は言った。「でも何か裏がありそうだね。『はいそうです。ぜひAIを使うべきだと思います』って言っちゃうと……。上にいるのがみんな古い人達だからね。あんまりいい気がしないっていうか。ようは、その質問は、われわれジジイといっしょに歩調を合わせてくれますかってことでしょ? 若い人たちが、いっしょに杖をついて歩いてくれますかって」

「わたしも、この場合、どう言ったらいいんだろうと思って」

「なんか、感情的なものを感じるよね」と俺は言った。「AIという、新しい力の台頭を恐れているように見える。自分たちには扱えるとは思えない。もし導入するなら、それを扱える専門の人も同時に用意する必要がある。エヴァンゲリオンにおけるシンジみたいに、エヴァに乗れる唯一のパイロットとして重宝するけれども、自分たちの知らないところで、そのパイロットたちが力を蓄えていって……いつか転覆されるという、ネルフを乗っ取られるような、その力がこちらに向いたとき、果たして自分たちの身を守れるのか。たしかに力は魅力的だけど、その力がこちらに向いたとき、御しきれるのかという、それを今から不安がっているように見えるね」

「うーん」と早希ちゃんは言った。

「あんがい、そうやって、感情にしたがって、決まりごとや法律は作られているもんだよ。たとえば、高校生同士がセックスしてもいいことになってるけど、なんで大人が女子高生とセックスしちゃいけないのっていう。これもさ、役所のジジイたちが、自分たちが女子高生とセックスしたくてもできないのに、他の大人が女子高生とセックスしていることが許せなくて、法律で禁止しているだけなんだよ」

「なにいってんの」

 

就職活動 2

YouTubeを見ながらゴロゴロしていると、「エントリシート書いたから見てもらってもいい?」と早希ちゃんからLINEが送られてきた。

俺は思わず、iPad Pro 12.9インチに映っているYouTubeの動画と、HUAWEIのmate20xに送られてきた彼女のメッセージを見比べてしまった。片やハースストーンというカードゲームの動画。片や真面目に就活している大学生の女の子のメッセージ。エントリーシート。ハースストーン。エントリーシート。ハースストーン。エントリーシート。ハースストーン。本当に同じ地球上に起こっていることなのかと、疑問だった。

『あなたが周囲と協力して、困難な状況に立ち向かった経験について教えてください。その過程であなた自身の意思決断で行動した点も含め具体的に記してください』

(↑が聞かれていること、↓がわたしの文章ね)

『20人規模の購買部の部長として購買の売り上げ費を25%増加に成功させたことです。私は大学一年次の頃から購買部に所属し、三年次からは部長に就任しました。年々購買を利用する生徒が減少している中、私は全校生徒にアンケートを取り、また一部の生徒からヒアリングを行い、売り上げ低迷の原因を追求しました。関係者と信頼関係を構築し課題やニーズを引き出して解決に向け提案から実行まで伝えること。リーダーシップを発揮し、周囲と人と目標を共有し達成できること。部員一人一人が共通の目標に向かって組織に愛着を持ち、活動を継続する動機、個人として努力し成果をあげられること。価値観や立場の異なる人と協力して成果をあげられること。今までにない仕組みや企画を提案し周囲の協力を得た上で実現できたこと。新しい取り組みを取り入れる際には熱意と質の高い提案は前提で、それに加えて導入から定番まできちんとフォローすることが必要であり、自分の経験や考えを他者に伝える際には、それらの中に含まれる要素を抽象化して抽出しなければならず、まずはよりスムーズに伝わる論理構造を組み立てること、詳しい背景を知らない第三者が見てもスムーズに理解できるものを、視覚的に、物事の関係性や背景を適切にわかりやすく伝えられる状態を目指すことを学ぶことができました』

なんじゃこりゃ、と思った。なんだ、この頭でっかちな文章は。左脳が右脳を支配している。企業は本当にこの文章を書く人間を採用するのか? と思った。

「見たよ」とだけ送ると、彼女からすぐに電話がかかってきた。

「どうだった?」と、彼女は興奮していた。

「そうだね。これさ、言ってることはなんとなくわかるんだけどさ、これを達成した、あれを達成したって言ってるわりには、何を達成させたのかよくわかんないんだよね。どんな問題や挫折にぶち当たって、解決したっていうものが見えてこないっていうか。具体的なエピソードがないから、伝わってくるものがわかりづらいっていうか? うーん、事務的っていうか、ちょっと固いかな? まぁエントリシートだから、これはこれでいいのかもしれないけど」

「なるほど」

「スムーズに伝える能力を獲得したみたいなことをずっと言ってるけど、俺にはスムーズに伝わってこないというか、あと、協調性、積極性、リーダーシップ、行動力、抽象化とか、就活用語っぽいのをたくさん並べられている感があるというか。もう少し具体的に絞って、本当に強く心に残ったエピソードを1つ2つ書けばいいと思うけど。それもなるべく抽象的ではなくて」

「たとえば?」

「たとえば? たとえばっていっても、俺が体験したわけじゃないから、エピソードなんて思いつかないけど、何かあったんでしょ? じっさいの、その、購買の売り上げが上がったエピソードが。何か企画やら発案やらがあって、それをじっさいにやってみて、どういうところで苦労したとか、そしてそれをどういうふうに乗り越えたとか、じっさいの経験があったわけでしょ? そんなに、いくつも書かなくてもいいと思うけど、そういうのを1つか2つ取り上げて、深掘りして、目に見えて肌で感じられるエピソードがないと、ただの言葉の羅列になっちゃうんじゃないかな? エントリシートっていっても、そういう、人間性というか、むしろそういうとこが重要になってくると思うけど。人事のひとだって、人間だから、中身のない言葉の羅列をたくさん見せられたら胃もたれしてきてしまうだろうし、そうはいっても、俺は本当にエントリシートのことなんてよくわかんないんだから、わからないよ? あくまで俺がそう感じただけだから、だからべつに気にしないでいいよ」

「ううん! 何かヒントつかんだかも! やってみる!」

電話口の向こうで早希ちゃんは意気込んでいた。

「今から2時間くらい書いてみるから、できあがったらまた見てもらっていい?」

「うん」

そして俺はまたハースストーンの動画を見る作業に戻った。

しかし、大したものだと思った。言葉を選んだつもりだが、かなり厳しい意見を言ってしまった。だのに彼女にまったく怒気というものがなかった。

予定より少し遅くなった3時間後に、彼女からLINEが送られてきた。

『部員のモチベーションを考慮しつつ、一対一で対話をし、課題解決の必要性を強く訴えた。部員たちと新しい仕組み作りや新しいことをする事のチャレンジ精神を話し合い、変化していく市況の中で購買の業績を上げ続ける事を語り合った。話し合いの機会が増えることで、サークル活動やテスト勉強を理由に非協力な部員もいたが、他校の繁茂している購買部の調査し、報告書にまとめることで、部員の懸念事項を解決した。それぞれに役割を与え、仕組みづくりを構築することで、部員全員が当事者意識を持てるようにした。結果、組織が抱える課題を踏まえ、今までにない取り組みを提案し、周囲の協力を得て実現できる能力が養われた』

「さっきはですます口調だったのに、である口調に変わってるのはなんで?」

「今はまだ書きかけの段階だから」

「なるほど」

なんだ? そんなに自分のエピソードを書くのが難しいのか? 何も変わってねーじゃねーか。3時間かけてこれか。国立大学でいったい何を勉強してるんだ? 

彼女がどれだけ地域や購買部の活動に熱を入れてきたかは知っている。何をやってきたのかは知らないが、何かをやってきたことは知っている。だから、それを書けばいいのに。大学生ってこんなもんだっけか? いったってまだ20歳か。大学の中でも名門中の名門の国立大学なのに。頭脳でいったら俺よりずっと優秀なのに。なのに、なんで、自分がやってきたことのひとつも満足に書けないんだ? 

やはり右脳より左脳の方が優れすぎているためか? しかし美術部だし。うーん……。でも彼女はぜんぶわかって書いている気はするんだよな。伝え方が悪いだけで。エントリーシートの世界ってものが、こういう言葉の羅列で成り立っているのかもしれないし、書く方も見るほうもぜんぶわかった上での約束ごとなのかもしれない。だとしたら、よく知らない俺があまり口出すものではないか? しかし……、彼女の熱量を前にして、いい加減に終わらせるということがどうしてもできない。

「なるほど……。そうだねぇ……。うーん……。さっきの、面接のときの受け答えのときの様子を聞いている分には、もっとうまく言えてるような気がしたけどなぁ? 書くのと話すのとでそんなに違うかねぇ……? 話してるときの方がよかったと思うけど? そうだねぇ、問題を解決したみたいに言うけどさぁ、じっさい何を解決したのかっていうのがイマイチよく見えてこないんだよね。調査した。話し合った。解決した。で終わっちゃってるというか。じっさいに何をしたの? じっさいに何をしたのか、今、俺に話せる?」

「飾り付けとか、装飾、人気ある商品を目立たせるとか、また発注等にも関わり、企画や発注等にも関わり、購買の利用する学生たちを大幅に増やすことができた」

「喋り方がなんかおかしなことになってるけど。そうそう、そういうのでいいと思うけど。やっぱり話す方がいい感じだね。あと、学生たちからアンケートを取ったって書いたあったけど、取ったんでしょ? じっさい、アンケートを。だったら、例えば、『焼きそばパンがおいしい』という意見をもらったとしてさ、それで、焼きそばパンに大きな見出しをつけて注目させるようにしたとか、まぁ、これは安易すぎるかもしれないけど、例としてね。そういうエピソードがあればわかりやすいと思うんだけど」

「それもやった」

「え? じっさいに、『焼きそばパン売り上げ一位!』みたいな見出しをつけて、目立たせたりさせたってこと?」

「やった」

「そんな、漫画みたいな、古典的なこともやったの?」

「やった」

「なら、それを書けばいいと思うけど」

「やってみる」

「いや、パンに大きな見出しをつけて注目させるようにした、はエントリーシートにはまずいよ。そんなのは作戦でも企画でもなんでもないよ。その辺の、もっと賢そうな、大人っぽいさぁ、凄腕スパイみたいな、もっとあるじゃん? もっといい企画を立てて実行している感じのさぁ」

このやりとりを何度も繰り返して、深夜1時を過ぎていた。

「今日は寝ないでがんばってみる」

「寝れば? もう1時過ぎているし」

「あなたにもここまで協力してもらったんだから、ちゃんとやり遂げるよ。今日はもう遅いからあなたは寝て。また明日の朝、でき上がったの見てもらっていい?」

「わかった。おやすみ」

「あ、まって」

「ん?」

「あなたにちゃんと言わなければいけないことがあります」と彼女は改まった。俺はだいたい彼女が何を言い出すのかわかっていた。

「今日も遅くまでずっと就活生の相談に付き合ってもらってありがとう。あなたは本当に優しい」

そして朝になると、やはり期待を裏切らない文章が送られてきた。

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