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アイドルの恋愛禁止に対する考察

投稿日:2021-03-28 更新日:

残念なことに、乃木坂46の金川紗耶という女の子が、文春砲に引っかかってしまった。ジャニーズの男と一緒に公園でデートしていたのをパパラッチに撮られてしまった。

彼女は信じられないほど顔が小さくて、素晴らしいスタイルを誇り、なんといっても、この画像を見てもらえればわかるとおり、笑顔がとてもまぶしい。

笑うというよりも、笑いきっている。ここまで全力に笑いきれるというそれ自体に希少価値がある。普通に可愛いとか、造形が整っているアイドルはたくさんいるけれども、ここまでしっかり笑いきるというところは最高の才能のひとつであり、こういうところが一番大事だと小生は思っている。

笑うとき、人間はみんなパッと晴れやかになって、パッと全身に光が差すような内なる走りが貫くものだが、それをめいいっぱい享受して、完全に外に解放しきることは難しい。しかしその貫くものの偉大さは計り知れない。男にしろ、女にしろ、屈託をまったく残さない笑顔をするということは、生きていく上での重要な課題である。

彼女はファンの間ではメンヘラと有名であり、バスなどの移動中でもずっと落ち込んだような顔で、ひとり静かに押し黙ったりしていることが多いらしい。屈託のない笑顔の反動だろうか。

とある番組で、メンバーに自分のメンヘラについて打ち明けているシーンがあった。

「私はいつもみんなに話しかけるなというオーラを出しててごめんね。自分でもそういうのが出てるのはわかってる。でも話しかけてきてほしいとも思ってるの。だから、かっきー(賀喜遥香)がこの前バスの中で話しかけてきてくれたじゃん? あれ、本当はすごく嬉しかったの。だから本当は、みんなにも話しかけてきてほしいの、だから話しかけてきて」

と言っていて、面白い子だなぁと思った。メンヘラで壁を作ってしまう自分だけど、みんなの方でそれを乗り越えて話しかけてきて、なんていうセリフは、常識ある人間には言えないセリフだ。性格が悪いのではなくて、知性が足りないために、こういうセリフを吐いてしまうところが、沙耶ちゃんの愛される理由だろう。メンヘラというよりヤンデレというべきか。

彼女の素直さというか、辛抱のなさが、よく表れているシーンだと思った。瞬間瞬間の感情に流されやすいんだろう。嬉しいときは笑い、悲しいときは人目をはばからずに悲しくなってしまう。だから恋愛の方面でも、本能的なエネルギーに流されてしまったのだろう。

実際に彼女はあまり偏差値の高い学校を出ておらず、舌足らずな喋り方をするし、グループ内でもおバカメンバーとして有名である。バラエティーでも完全にそういう立ち位置になっている。

メンヘラであると同時に、小鹿のような衝動性、危なっかしさが残るような子だと思っていたから、なにか問題を起こしそうだなと思っていたが、こんなに早く起こすとは思わなかった。

さて、本題だが、

この件について、知る人ぞ知る逆張り系YouTuberの遠藤チャンネルこと遠藤が、たった52秒の動画でこんな発言をしていて、視聴者から絶大な支持を得ていた。

「アイドルはみんなのものだから1人の男のものになっちゃダメ。彼氏をとるのか、ファンを取るのか、どちらか一つ。あなたは彼氏を取ったんだから、早く引退してください。彼氏もファンも両方取ろうとしても、そうは問屋は卸さないよ」

この意見に関しては、誰も異論がないらしく、遠藤がいいたいことをいってくれたと、たくさんの人間が遠藤を持ち上げていた。

小生も、確かになるほどなと思った。実際その通りだと思うし、アイドルはやはりそうあるべき方がいい。

しかし、どうしてもこの意見に対して何か心のわだかまりというか、腑に落ちないものがあった。何かおかしい。この違和感は何だろうと思って記事にすることにした。

乃木坂46というのは、生駒里奈や白石麻衣が恋愛をしないで積み重ねた清涼、純潔の歴史があって、その歴史に泥を塗るというのは許されず、しかもこの金川紗耶という子は四期生であり、一番下っ端なのだ。また、もうすぐ二期生の堀未央奈の卒業コンサートが控えている中での出来事であり、乃木坂の歴史や先輩に対する侮辱だと捉える意見が多く、「お前が卒業しろ」だの、「二度とテレビに出るな」などという、非常に手厳しい意見が相次いでいた。

あくまでみんな金川紗耶の行動について是非を論じているが、小生は違う。小生はあくまでマスコミが悪いと考える。彼女たちはほとんど何も悪くない。悪いのはマスコミである。

マスコミがわざわざ明るみにしなければ、誰も気づかず、誰も悲しまず、今まで通り普通に時間が流れる。

こんなことを明るみにし、公開したところで、一体誰に何の得があるだろう? 確かにアイドルが恋愛したとなると、みんな騒ぎたくもなるし、じっさいに騒ぐが、悲しいから騒ぐのである。

ファンの夢を奪いたくないから、本人達だって隠したのだ。隠れてコソコソと眼鏡をして、マスクをして、なるべくみんなに見られないように一生懸命隠そうとしてるんだから、それで十分だと思う。隠れてコソコソやる分にはまったく問題ないと小生は思う。

というのも、乃木坂にしろAKBにしろ他の恋愛グループにしろ、恋愛禁止のルールというものはない。基本的にルールはなく、ただ『察しろ』と言われるらしい。

秋元康も、「私はメンバーたちに恋愛禁止のルールを設けてない」と言っている。

でもやはり恋愛をしていることをおおっぴらに公開したり、自分の口で恋愛していると言ったり、目の前で恋愛している様子を見せられたら、我々ファンはガッカリしてしまうから、見せないことは礼儀である。見せなければ、それでいいと思う。

マスコミが変にしゃしゃり出ず、放っておけば、誰も気づかない。誰も傷つかない。ファンも、彼女たち本人も、彼女たちの両親も、傷つかずに済むのである。

小生は、隠れてコソコソ恋愛するのは別に悪いことではないと考える。かといって恋愛を勧めているわけではない。なるべくならしない方がいい。というより、しない方がいい。小生がアイドルだったら絶対にしない。

遠藤チャンネルのいうとおり、アイドルというものは人に夢を与えるものであるし、なるべく恋愛せずに済むものなら恋愛しない方がいい。

こういったルールや規則というものは、自分が自分で課すものであり、ファンのために、そして自分のために、恋愛しないようにしようと自分で義務づけるものである。私は私自身の理由から、アイドル道に反するからやめておこう。という思いから発するものでなければならない。

それは仕事人が持つプロ意識、あるいは、武士が自分に課す武士道のようなものであり、他人がどうこういうものではない。

自分の行動が、そのまま自分に跳ね返ってくるだけである。バレずに恋愛できるんだったらガンガン恋愛しちゃえ! と恋愛ばっかりしていたら、必ず顔に出る。反対に、たとえバレなかったとしても、アイドルでいるうちは絶対に恋愛はしない! と決めているアイドルがいたとしたら、それもまた顔に出る。

それは歌やダンスや握手会やバラエティーでの立ち振る舞いだったり、日常のあらゆる仕草、姿勢、すべてにおいてはっきり行動や顔に表れてくるのである。

それは活動中もそうだが、アイドルを引退したときに、自分のアイドル生活を振り返った時、いい仕事ができたかどうか、後悔が残るか残らないか、そういった形として、残るものである。

じっさいに、恋愛をせずに、自分で課した鉄の掟を守って、アイドル道を邁進する女の子の顔はキラキラ眩しく、人気投票においても明確な差が生まれるだろう。

しかし、最近の世の中というものは面白いもので、たとえそんな風に隠れてコソコソ恋愛していたとしても、それはそれで怪しげな危な気な魅力が宿るものだし、この子は裏でコソコソエッチなことしてるのか、とエロ男の気をくすぐるものでもある。指原莉乃がそれで逆に人気投票1位になってしまったように、逆にそういうやさぐれ感が、人気を博したりするものである。

前田敦子なども、どうせあんたたちこういうのが好きなんでしょ? どうぞ勝手に抜いてください♪ みたいなところがあり、これは今までなかったアイドル像であり、アイドル界に旋風を巻き起こしたことは記憶に新しい。昨今でも、前田敦子以上の存在力を放つアイドルは見ない。

鉄の掟を守り通したまゆゆだったら、恋愛してもいいと言われてもしなかっただろう。

このようにアイドルの自主性に完全に任せてしまった方が、より個性が出るような気がしないでもない。

パパラッチが禁止になり、文春砲がなくなったら、おそらく恋愛をする派としない派の二極化が進むだろう。それはそれでいい。

どちらにせよ、彼女たちの精神性というものは必ず外に現れる。行動、姿勢、歌、踊り、言葉、笑顔。それが彼女達の商売道具であり、作品だから、例えるなら漫画家だったりクリエーターが作品を出して、その結果がすべて自分に跳ね返ってくるのと同じである。漫画家だったり、クリエイターでも、仕事をサボって遊んでばかりいたら、そのとおりの結果になる。作品がすべてなのである。しかし作品もまた精神がすべてなのである。

それはプロ野球選手が練習しなければ打てなくなるのと、仕事を辞めてフリーを選んだ人間がYouTubeばかり見ていたら一向に更新が遅れてしまうことと、同じである。

つまり、バレなきゃ何をやってもいいという論理になるが、責任は自分について回るということだ。恋愛をすれば、アイドル活動は雑になり、アイドルになりたいと夢見ていた頃の初心の自分はどんどん彼方へと消えていってしまうだろう。歌っても踊っても、充実感が得られなくなってしまうだろう。それだけの話である。

そういうアイドルは自分で自分の引退時期を早めるだけである。ファンと握手する時も、ステージに立って笑顔する時も、自分で自分が、だんだんいたたまれなくなってくるだろう。応援してくれるファンの声が胸に重たくのしかかってくるだろう。

それを抜きにしても、パパラッチという行動は下品極まりない。本人達が隠そうとしている事をわざわざ明るみに出して、それを餌にして、キャンプファイヤーしようという魂胆が良くない。人間をおもちゃとしてしか見ていない。未だにこのパパラッチという文化が普通に蔓延っているのがおかしい。普通に犯罪だろう。盗撮だし、人を傷つけることが当たり前に看過されている。たとえ芸能人だろうが、アイドルだろうが、隠し撮りをすることは下品だし、なぜ法律違反となっていないのかがわからない。なぜこれだけプライバシーだの個人情報なのうるさい時代に、こんなパパラッチのような存在が許されているのか。

文春が騒ぎ立てなければ、彼女たちは隠れて安心してジャニーズとデートできるのである。それはそれで彼女たちが勝手に落ちぶれていくだけだし、逆に落ちぶれずに人気が出たり、面白いように二極化が進んでいく、それだけの話である。周りがどうこういうものではない。

金川紗耶ちゃんはヤンデレということもあり、今、事態を深刻に受け止めてしまっているだろう。時期も悪く、スタッフにこっぴどく怒られ、メンバーにもシカトするものが出てきて、先輩と廊下ですれ違ったときも、どうしていいかわからなくて俯いてしまうだろう。沙耶ちゃんの両親も、親戚も、みんなで駅のホームで手を振って東京へ送り出したのに、こんな悲しいことは、耳に入れたくないだろう。

すべてはマスコミが悪いのである。マスコミは本当に下品だ。しかし、昨今の世の中は、街歩く全ての人間がマスコミのようなものである。誰も人の秘密を黙っていられない。たいしてファンでもない者が、アイドルが密会デートしている現場を目撃したら、すぐにTwitterに巻き散らせずにはいられないだろう。他者と自分の問題の分離ができていない、軽率な大人の行動である。異常な監視社会。ドイツが分裂していた頃の話のようだ。東ドイツから西ドイツに亡命するわけでもあるまいし。

悲観すべきは、アイドルの貞操問題でなく、自分たちの軽率な行動だろう。そもそも、アイドルが密会デートしていたくらいで落ち込んだり非難したり、そんなことで心を乱してる方がずっと情けないことである。もともと自分のものになるわけではないし、ステージで歌って踊ってる女の子たちの綺麗な部分だけを見てカタルシスを味わってればいい。アイドルなんて文化はその程度のエンターテインメントだ。

彼女たちは気を使って隠れてデートしてくれてるのだから、わざわざそれを掘り起こす必要はない。掘り起こしたところでみんな不幸になるだけだ。黙ってこのひと時の泡沫のような夢を味わっていればいい。

それ以上のものを求めるからおかしくなる。マスコミが扇動するのも、そういった人々の心をかき乱すためである。マスコミも、心を乱す彼等も、両方悪い。

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