女は、街行くサラリーマンのちんこを握りたいと思っている

セックスが終わってピロートークしていると、いつも不思議に思うことがある。


大体の女は、何も言わずにちんこを握りしめてくることだ。


大体7割ぐらいの確率で、ほとんどの女はちんこを握りしめてくる。


そしてそのままちんこを握りしめたまま、生き別れになった弟と再会したかのような安心した顔で胸に顔を埋める。


自分についていないものだから興味があるのだろうか?


もしくは、自分の生まれたルーツをたどると、ちんこに行き着くから、潜在的な安心感を促されるのか。


魂の抜けたような表情で、虚ろな目になって、ゆっくりと何気なくチンコを握りしめる。


その時の落ち着いてる様子と言ったらない。


時間が止まったような感覚で、ただぼーっとちんこを慰み者にしている。


若くて清楚で、ちんこのちの字もしらないような、ウブで可憐な少女がそんなことをしだす。


さっきまで、昔は弓道部だったとか、俺がモンブランを食べれないのはもったいないとクスクス笑ったり、歌手のYUIが好きでYouTubeの動画は全部観たと楽しそうに話していた子が、ちんこを握りしめて眠る。

 


これは、俺がなんとなくおっぱいを触ってみたくなるのと同じだと、思う。


大きいからとか小さいからとか、綺麗とかブスとか関係なく、ただ触りたくなる。

 

 

そういえばちんこだけじゃなく、ずっと目を見続けてくる子も多い。


じっと目を見続けるか、ちんこを触るか。これがとても多い。


こういう時は真実の部分で繋がっているように感じる。


ただ裸で見つめ合っていると、これまで世間話やたわいのない話をしたり、距離を近づけるためのつまらない通過儀礼を通り抜け、やっとここに来て本音で話してるような気分になる。


毎日の生活の中で異性を見ても、取り止めのない、おざなりの、つまらない会話が繰り返されたり、街行く人々を見ても、そっけない空気があるだけだ。


ただ止まって、ちんこを握る。目を見続ける。


本当はずっとそうしてみたかったんじゃないだろうか。

 

 

言葉によるコミュニケーションじゃ、心の一番奥には至れない。


結局最後は、裸一貫になって、ちんこ触って、じっと目を見続ける。それが残る。


普段はあれほど男を汚い目で見たり、変態だの何だの宣っておいて、ちんこをぎゅっと握りしめて眠るのだ。


自分にない、別の人間の体となると、興味が湧くんだろう。おそらくだが、顔や口には出さないけど、女達は、男のちんこを握りたいと思っている。


普段日頃から気になる男だったら、自分から進んで握りたくなるし、全然気にならないどころか、汚いおっさんのちんこだろうが、セックスも終わって、静かにピロートークしている最中だったら、暇つぶしに目の前にちんこがあったら握りたくなるのだ。


何もない空間においては、暇つぶしにちんこをいじるということは、消去法として俄然と成り立つ。


好きとか愛とかじゃなくて、ただ男が目の前にいたら、その男を自由にしていい権利が生まれたら、自分の深層意識のまま、正直に相手に触れる時間が許されたら、とりあえずちんこを握りたくなるんじゃないかと思った。


つまり、街行くサラリーマンのちんこを、女は握りたいと思っている。