おじさんは働けば働くほどモテなくなっていく

おじさんは働けば働くほどモテなくなっていく。


毎日会社に行き、上司に怒られて、部下の面倒を見て、接遇だったり書類だったり糞みたいな仕事を毎日10時間ぐらいやって、家に帰って妻や子供の相手もしなくてはならない。独身だった場合、冷たい不味い飯を流し込んで寝る。


こんなストイックな毎日を送っていても、誰からも認められるわけでもなく、世の中の経済に何ら打撃を与えることもなく、ただひたすら我慢だ。


こんなのはテンプレ過ぎて書くのも億劫だが、もう少し続けなければならない。


そんな生活を送っていくと、なんで生きているのかよくわからなくなってくる、いろんな苦しみが自分に襲いかかってくる。


仕事をずっと続けていると、世の中のことがよくわかってくる。人付き合いのコツ。要領のいい仕事の進め方。自分が辿った過去を活かして、部下の女の子に分かりやすく教えることができる。優しい。お金もある。若者ができない多くのことをできたりする。


それでも残念なことに、歳をとる。歳をとっていくと、白髪が生えて、ハゲてきて、身体も三段腹になり、汚らしくなってくる。ほうれい線もはっきりしてきて、いつも疲れているような顔になる。


それもこれもがんばって働いて生きてきた結果だ。苦渋を噛み締め、毎日毎日戦った賜物だ。


なのにどうしてモテないんだろう。


一生懸命働いているおじさんはかっこよく見える。素直に尊敬できる。若い女の子からしてみても、大した人間に映るだろう。


挨拶をしっかりして、エレベーターは先に降りる人を優先させて、心地のいい笑顔がどれだけ相手や自分にとって大事かを理解して、笑顔を振りまき、自分が話すことよりも相手の話を聞くことに集中したり、そういうこともずいぶん学んできたおっさんは、素晴らしい。


だけど、恋愛対象にはならないのはなんでだろう。


いいとは思うし、尊敬はできるけど、恋愛はちょっと……。と思われてしまう。


マナーも何も知らない快楽中心の若者が、ダヴィデ像みたいな均整のとれた身体をして韓国ヘアっぽい前髪を重たくしてサイドを借り上げたボブみたいな髪型をした若者が選ばれてしまう。


働いて働いて社会を勉強して、人間としての深みを増し続けていく道を順風満帆に進んでいっているのに、それがどうしてかえってモテなくなってしまうのだろうか。

 

単純におっさんだからだ。

 

おっさんという理由だけでモテない。可哀想だ。

 

こういう人こそ癒しが必要だ。

 

神がいるなら、こういうおっさんにこそ、美少女を与えてあげなければならない。


大手会社のエリート街道を登り詰めたり、医者や経営者だったら話は違ってくるだろうか。たしかに、そういうエリートおじさんと若い女の子が付き合ったりすることもあるかもしれない。若い女の子も仕事で疲れ果てているので、自分を専業主婦として飼ってくれるなら、結婚してあげてもいいよ、というかもしれない。

 

だが、そんなにエリートでなくても、普通に毎日がんばってるおじさんレベルでも、そういう美味しい話があってもいいんじゃないかと思う。

 

地味だけど、地味なりに、毎日自分に与えられていることを愚直にこなして、気遣いや生き方、コミュニケーションでぶつかった問題を乗り越えてきたおじさんは、それだけで、急に天から美女を与えられる資格があることは確かだ。


そんなおじさんの真面目な仕事ぶりをみて、職場の人間は尊敬するかもしれない。この人は今日もがんばっているな、と思うかもしれない。だが、性的に魅力があるかといったらどうだろうか。一緒にディズニーランドに行って楽しいだろうか。


人間性が認められても、恋に発展しないということは残念だ。

 

歳をとった、ちゃんと仕事をするおっさんは、どうしたらモテるようになるのか。


出会い系や合コンや結婚紹介所行ったところで、彼の魅力は出るのだろうか。彼の魅力は、愚直で毎日仕事をきちんと頑張るところにあるので、そういうところでは魅力は出ない気がする。


いや、どうだろう。そうでもないか。

 

毎日仕事をがんばっていると、顔つきは変わってくる。そういう人は、何もしていなくても、パッと見たり話しただけで、普段仕事を頑張っているに違いないなと、なんとなくわかるものだ。

 

女も結婚相手として相手を見るとき、そういうところを見るはずだ。この人はどれだけ仕事を真面目に頑張っているかどうか、実際に仕事をしているところを見なくてもなんとなく見抜くはずだ。

 

いくら服装がダサくて会話のセンスがなくてハゲ散らかしていても、それがかえって人柄の良さや勤勉ぶりを表していて、十分良さが伝わるのかもしれない。また、仕事で培った気遣いが、出会い系や飲みの席でも、活かすことができるのかもしれない。勝手に伝わるのかもしれない。


だが、仕事で疲弊して、消耗しきった枯れ木のようなおっさんを、ああいいなと思って付き合いたいとは思わないだろう。内面の良さは認めるけど、思わず恋してしまうということはない。むしろ、可哀想だと思われるだけだ。愛といっても慈愛だ。


一番先に、可哀想という感情を呼び起こされる。


可哀想だから付き合ってあげるというのも、逆に悪いことをしているような気持ちになるから、引くのが優しさだと思われて、近づかれない。


だから結局放って置かれてしまうのだ。可哀想だから付き合ってあげたいけど、それもよくない! と思われて、放って置かれてしまう。

 

枯れたおっさんは、これからも仕事に邁進して、どんどんどんどん水分を失っていく。どんどんどんどんどんモテなくなっていく。

 

おっさんが真面目に頑張った分、乗り越えてきた分、人間ポイントが貯まっていき、その分の見返りが自動的に現れることはないだろう。


こんなに、こんなに、がんばってるおじさんが付き合えることが可能な対象といえば、バツイチ子持ちの30代の出涸らしだけである。


お互い、学生時代に出会っていたら、一言も会話せずに通り過ぎていたのに、なんてことだろう。状況が変われば、一生を添い遂げる仲になってしまう。運命が聞いて呆れる。

 

結婚できない女は、おじさんと結婚すべきだ。

 

だけど、おじさんのこれまでが報われるように、おじさんに「結婚してよかった」と思われるような外見と中身を備えてほしい。