話す時、無言が多くなってしまう人の一つの真理

人と一緒にいるとき、黙り込んで考えてしまうことがある。他人数の時に多い。みんなで集まっているときも、何も話さないでいることが多い。


二人きりの時はあまりやらないが、たまにやってしまう。

 

何か考え事をしているように見られるが、別にほとんど考えていない。ただ孤独を意識するだけだ。一人でいる時より、誰かといる時の方が孤独を意識することが多い。

 

といっても悲壮感はない。これはありの無言だよね、みたいな、黄昏ていても平気な感じというムードを醸し出しているので、相手も何も言えなくなってしまう。


考えているわけでもなく、ただ黙っているだけ。俺も、無言は相手に重荷になるかもしれないという自覚はあるものの、止められない。ふと心が沈み込むというか、点になるというか、ボケっとするというか、意識が底に沈んでいってしまうのだ。


一人でいる時はともかく、他人といるときにこれをやるのも良くないのかな、と思う。


話そうにも、何も言葉が出てこないから、止まっているといった感じだ。時間にすると10から20秒だろうか。二人でいるとき無言が20秒続くと、長い。


多人数でいる時は完全に空気に溶け込んで、だんまりを決め込む。ああいうときは、一体何で黙っているのか、自分でもわからない。本当はもっと構って欲しいのか、沈黙がかえって雄弁となり、自分の存在をアピールしてしまう。周りにも気を使わせてしまう。


なんとなく相槌を打っていたり、悲壮感もなく、満足気にだんまりを決め込んでいると、周りも「そういう奴だったな」という感じで放っておいてくれる。


おもえば、人生、こんな感じだった。人と会っていても、話さないことが多かった気がする。人生のほとんどは沈黙の時間だった。寝ても起きても覚めてもどこでも沈黙ばかりだ。

 

くだらないことを話すぐらいなら黙っていた方がマシだと思っているのだろうか。黙っているのも会話の一つだ。黙って止まっていると、発言するに相応しい魂の篭った、いいコメントが生まれる。空っぽにしておかないと、いいコメントが降ってこない。真っ白な心の中にふと、一条の光が射す。神が自分を使って代わりに話しているような感覚さえある。


上滑りで、急かされるように、まだ温まってない言葉を話すのが好きじゃないのだ。

 

活字を無理に建設させていくのではなく、ただ空っぽにして懸命にメッセージを受信しようとしてばかりいる。いつもそんな話し方をしている(笑) その姿がとても考えている姿に見られるようで、「すごい考えてる」「何をそんなに考えてるの」と言われる。 

 

仙人や文豪気取りみたいで鼻につくし、かっこいいと思ってんのか? 古いんだよ、さっさと次の階段上がれや。みんなやってんだよ。自分じゃなくて他人に意識向けろよ。とか、言われたことはないけど、そういうことかもしれない。反省せざるを得ない。


飲み会の席で、皆んなで楽しく近況を話し合おう! というムードの中、「一体何を今、そんなに難しい顔をして考える必要があるんだ?」と思われてしまう。

 

自分の中で温まった言葉以外を発すると、疲れる。罪悪感が生まれる。別に難しいことを言いたいわけじゃない。ただ嘘をつきたくないのだ。嘘をつくと疲れる。正直に話した方がずっと楽で、何でも正直に話そうとする。

 

だが、正直の世界の中でも深度がある。浅い部分の正直じゃなくて、できれば、深いところ、ちょうどピッタリのピッタリの部分を掴みたくなってしまう。大喜利みたいな感じだ。

 

ポンポンリズムよく話していたら、嘘ばかり弾き飛ばされることになる。止まって待たなければならない。だが、正直に話そうと思って、自分の心を見つめすぎたり、活字を重ねたりして中心の軸がずれてくると、正直に話そうと思ってがんばって繰り出そうとした言葉が正直ではなくなってくる。

 

正直に話そうとするなら、沈黙して、空っぽにして、ひゅんと器に想いが溜まって、自然に発露する。何度も自分をリセットする感じだ。高速で何度何度も自分を白紙にする。パッと何かを捉えるまで、リセマラをしている。俺は人と話すとき、ずっとリセマラをしている。

 

リセマラして、いい心のポイントが見つかったら、その後は、トントンと自然に発露して、無言にならないときもある。2分ぐらい喋りが止まらないときがある。

 

無言ばかりの人間でも、ある程度人から好かれてきたのは、戦おうとする意思が見られたからかもしれない。言いたいことを一生懸命探す姿勢が相手に伝わったからかもしれない。それに加えて、一旦スイッチが入るとベラベラ話すからかもしれない。それから、的を得たコメントで笑いを取ることがあったからか。


後は、たまに精液がズボンに付いていたりするので、こんなバカがかっこつけて黙っているわけがない、ただのバカなんだと思ってくれたからかもしれない。

 

人と話すのが苦手で怖がっておどおどしているわけでもなく、悠然と偉そうに構えているわけでもなく、命がけで真実と戦おうとしているようにも見える。だが、仙人みたいに偉そうにしているようにも見える。一応、この人は無言だけど、嫌というわけでもないんだなと思ってもらえる。


もう一生この話し方をする他なさそうだ。それくらい板についてきてしまった。

 

そういえば最近、「孤独が板についてきた」と何気なく友達に言ったら笑われた。

 

俺と同じような話し方をする人を知っているけど、その人でさえ、無言がちょっと長引きそうになると、とりあえずなにか言ってみる、ということをする。

 

それがいいことか悪いことかわからない。正直な言葉が出るまでずっと待つのか、とりあえず何かを吐いてみるか。吐いてみて、そこから上手くいった経験がたくさんあるから、とりあえずなにか言ってみるといいのだろうか。この辺りは悩んでいる。朝霧の葉に溜まった雫が、自然と零れ落ちるようなことにこだわり続けるか、否か。

 

親友と電話する時は1分ぐらい無言になってしまって申し訳ない。いつも相手から再スタートを切ってくれる。電話もいつも相手からしてくれる。

 

自分から関係を築こうとして、一生懸命LINEをしたり、マメに連絡を取ろうとしたり、会話を繋ごうとして、いろいろな女にアプローチしても大体上手くいかなかった。

 

黙り込んでばかりの俺の方が人気があったりする。俺からは一切電話しないのに、週に一度電話してくる就活生の女の子がいる。

 

電話したところで将棋の対局でもやっているかのように長考する俺の方が、魅力的に映る人がいる。そういう時の方が俺の魅力がよく現れるのかもしれないが、そのままにしておいていいものか。自分のタイプの女の子がいたとき、そんな様子で口説き落とせるのか。

 

初めは自分からテンポよくアプローチして、仲が深まったら沈黙すればいい、ということになるかもしれないが、さぁ、どうだか。そういうもんなのかどうなのか、よくわからない。

 

とにかく、いつも極端だ。