本を一冊書き上げる方法

小説でもラノベでもエッセイでも何でも、本を一冊書き上げるのは難しい。ほとんどの人が叶わず、途方に暮れるだろう。俺もそんな人間の一人だった。


数年間書くぞ書くぞと、プロローグから1話、2話へ順番通りに1行1行がんばって書いていたが、どれも完成したことはなかった。そしてすごくつらかった。2、3万字程度の短編なら完成したことはあるが、一冊分となると厳しかった。


そんなことを繰り返していると、自分には才能がないんじゃないか。無理して書き上げたところで誰が読むんだ? 無理して頑張らなければならない時点で向いてないしやめた方がいいんじゃないか? 時間の無駄だ。と思うようになってしまう。


創作とは本来楽しむもので、苦しいんだったらやめればいい。世の中にはポンポン面白い作品を量産できる人間がいる。創作はそういう人に任せて、凡人はただ金を払ってその作品を享受していればいい。なんて思ってしまう。


それでも諦めないで頑張ろうとすると、少し方向を変えて、漫画だったら完成させられるかも、とか、四コマならどうだろうとか、YouTuberならどうだろう? とか、本みたいに一冊分の分量が必要ないものにチャレンジしようとする。


そしてそれらも全部結局どうにもならない。何をやっても全部うまくいかない。それでも無情に時間だけは規則的に流れてくる。また朝が来て会社に行かなくてはならなくなる。仕事している間は俺はこんなもんじゃない、こんな仕事は繋ぎだ。俺には本当の仕事があるんだという顔で、他の従業員を見下し、家に帰ったらめちゃくちゃ執筆して、すごい本を書いて売れてやるんだと思って、気色悪い顔をして仕事していても、帰ったらYouTube見て寝るだけだ。


どうにかして、せめて一冊ぐらいは完成させたいと思っていたが、やっと完成した。


俺は出会い系が好きで、出会い系に関する記事や恋愛論を記事にしていて、それを5000字くらいで発表していた。ほとんどアクセス数はないけど、忘備録というか、そのとき瞬間的に訪れた気持ちを5000字くらいで書いていた。それが20個か30個くらいになって、10万字は突破して、本一冊分を書き上げていた。これらは一つの記事のために作られたもので、小説のために書いたわけではない。


だが、これらを時間通りにしたり、物語に関係ないと思われるところでも、無理やり回想シーンや、主人公が自分の思想を告白するなどして、無理に連関させてやれば、とりあえず繋がっていくのである。


プロローグや主人公紹介から、順番通り書いていたら、最後まで書き上げられなかったと思う。そして書き上げたとしても、ゴールばかり見て書いているので、急ぎ足となり、部分部分の繊細な描写を欠いてしまうように思われる。


その時その時、瞬間的に思ったことを書くときは、細部に魂が宿る。そんな小さなまとまりを後で繋ぎ合わせられれば良質な一冊となるようだ。


小説と関係なことを書いても、それを無理やり活かせられる方面に自分で持っていく。実際少し変化球があった方が、物語にも味が出るものだ。新鮮味が加わる。


実際、これは「ゲーテエッカーマンの会話」という本に書いてあった方法でもある。ゲーテはいう。「とにかく大作を作ろうとするなと。小さく小さく自分の生活の中で胸に迫ってくるテーマをその瞬間に書くのだ。刹那的なものにしか魂は宿らない。絶えず刹那に即していよ」と。


大きな作品に取り掛かろうとすると気分が滅入るばかりか、毎日そればかり考えて日々の生活すらもそっちのけになってしまう。そして、大作を書こうとすると、その細部をちゃんとしっかり書ければいいが、書くことが多すぎたり煩雑で複雑過ぎて、それらの細部をしっかり捉えるのは難しくなってしまう。


だが、そのとき胸に迫ったことだけをしっかり書き上げて、それを順番とかキャラクターとか小説に関係するとかしないとか一切気にせず、ただ思いついたことを数千字で書いてしまう。そして出来上がったら放っておく。それをひたすら繰り返す。そんなことをたくさんやってれば、一度に一冊どころか、二冊でも三冊でもできるんじゃないかと思われる。


実際にミニマニスト関連や恋愛関連や出会い系、お笑いなどをブログで書いていたが、ミニマニスト系の記事が溜まってきたら、それらだけでうまく整理して繋ぎ合わせて一冊にしてしまう。友達の起こした事件などのお笑いの記事がまた溜まってきたら、それらを合わせてプロローグとか説明とか間をつなげるエピソードなんかを盛り込んで、それでまた一冊にしてしまう。出会い系もしかりだ。


つまり、初めから本を書こうとしないで、「点」だけをたくさん作って、後で点と点を組み合わせて線にしてしまうということだ。


病院で働いている友達がいて、糞みたいな後輩がいるらしく、そいつの悪口や、ミスしたエピソードを電話で2時間話してくる。2時間も話せば、本一冊分になりそうなもんだが、まぁそれは置いといて、そうやって俺に電話する前に、文章にしてしまう。あるいは、電話した後でもいいから、それを文章にして残しておく。


すごい熱意で、まくし立てるように話してくるので(それでいて結構面白い)、残さないのは勿体ないなと思ってしまう。週に一回は電話してくるので、週に一回で5000字くらい溜まるかもしれない。月にすると2万字だ。まぁ、週に一回に限らず、嫌なことがあった日に、そのまますぐに書いてしまえばいいと思う。


彼はこういう人間で◯◯出身で、何年何月に入社して、とか、病院のシステムとかカルテがどうとか、患者がどういうのは書かなくていい。そういうところから仔細に始めようとしてしまうから何も書けなくなってしまう。億劫になってしまう。ただ自分がその瞬間に胸に迫ったものだけを書いておく。それだけ書けばいい。


必要なものは後で書けばいいし、ある程度書いた後の方が、穴を埋めるようにして、なんとなく書きたくなるので、ほったらかしにしといたらいい。


一冊書けない人は、テーマや構造やめんどくさい部分から書こうとする。それも最初から最後まで通しで書こうとしてしまう。自分が書きたいものと人が読みたいものは一緒だと思う。自分でめんどくさくて書いたものは人が読んでもめんどくさい。


怒ったことや、なんでも、感情が動いたものを、バーっと書いてしまう。あの文豪ゲーテですら、その方法で、身の丈ほどの冊数を書き連ねたのだ。老年のゲーテですら、若い女の子と失恋した思いを、衝動で書いた。


衝動で一冊書き上げるのは厳しいが、小さな一話なら書けるだろう。沢山の衝動を集めて一つの本にする。これが一番手っ取り早く、自分も楽しんでやれることなのだと思う。


毎日日々の生活で思ったことや感じたことをひたらすらメモするように書いておく。関連性なんて気にしない。今日も俺は3つの記事を書いたが、どれもこれも関連性のないものだ。


今書いたこの記事ですら、一つの本の部品になり得ると思っている。


とにかく、目の前のことを、今自分が書けることを書ける分量で書く。そういうものだと思っている。