子供がいじめられないように親ができること

子育ては難しい問題だと思う。1つ絶対的に分かっていることは、男の子の場合はとにかく喧嘩を強くさせてあげることだ。

この平成の時代においても(平成も終わろうとしているけど)、男社会は喧嘩が何よりものを言う。

社会人になったら関係がないように思うかもしれないが、いざとなったら俺の方が喧嘩が強いという生物的絶対感は自信に繋がる。

中学や高校においては、勉強やスポーツよりも喧嘩が強いかどうかが大切になってくる。いざ喧嘩になった時、俺は〇〇に勝てるのか……? といつも思案を巡らせてしまうのが男子学生なのだ。自分より強い人間に対しては、他の何が自分より勝っていても、見上げて過ごすしかなくなる。俺は君に喧嘩で勝てないから、どんな理不尽も呑み込むしかありません、という態度で3年間過ごすことになる。

少なくとも俺が通ったクソ高校はそんなとこだった。頭のいい進学校に通っていたら、どうだかわからないけどね。

いや、どんな環境であろうとも、思春期いっぱいの30、40人の男女が、ひとつの狭い箱に押し込められたら、動物として一番秀でている人間が輝きを放つだろう。

単純に喧嘩が強い男は自信に満ち溢れている。いじめられることはない。この中学、高校の6年間を楽しく生きることが人格形成に大いに関わってくる。この頃に消極的な気持ちが植え付けられてしまうと、社会に出ても気の開放の仕方が分からず、誰も責めてないのに常にビクビクしながら生きていかなければならなくなってしまう。

仮にその後、自己改竄に成功できたとしても、「デビューした(笑)」とか「本当はいじめられっ子のくせ(笑)」にとか、「あいつは本当の根本的な部分ではいじめられっ子側の人間なのだ」と揶揄されてしまう。そして本人も「俺は昔はいじめられっ子だった」と自分から申し送りをして、先に自分の不甲斐ない過去を開示することで、自分の気を楽にしようというナルシシズムで童貞臭い孤独の戦いをするようになる。


しかし、だからといって喧嘩三昧な学生生活を送れとはいわない。喧嘩が強そうなことだけが大事であり、実際に喧嘩なんてしなくていいのだ。親もうるさいしね。

俺の時代でも喧嘩なんて誰もしなかったから、おそらく今の学校でも喧嘩なんてそうそう起きないだろう。
こんなのはハッタリであって、「○○と喧嘩したら敵わない」と思わせることだけが重要なのだ。

だからよく食べてよく筋トレをするといい。30を越えたら沢山食べるのおすすめしないが、10代は目一杯食って鍛えたらよかろう。

植物は、肥料をたくさん与えると見た目は大きくなるが中身は脆くなると言われている。おそらく人間もその理屈が通用するはずで、たくさん食べれば食べるほど肉体は大きくなるけれど、芯の部分では脆弱になるだろう。それは現代と江戸時代の人の身体能力を比べてみれば瞭然だ。

とにかく見せかけだけでも体を大きくしなさい。しかしいくら体を大きくしたところで自信までは得られないかもしれない。殴り方がわからないからね。

自信はあくまで経験を重ねることで身につけられる。格闘技をやりなさい。何度も相手と戦って、正しい殴り方や合理的な体の使い方、自然界の物理法則、精神法則、正しい心の使い方を学んでいけば、君は誰にも負ける気はしないはずだ。

よく食べてよく筋トレをして体を大きくして、格闘技を習っていれば学生時代は君の天下だ。俺が保証する。その後社会に出ても、君のマッチョな体格と性格は異彩を放ち続けるのだ

俺は幸いボクシングの経験があるので、子供が生まれて小学3年生になったら、ボクシングを毎日1時間はやらせようと思う。

お父さんの顔に一発入れたら遊園地に連れてってやると、どこかのサイヤ人みたいなことを言ってみようと思う。

「もっと体重をのせるんだ! 体重が相手に伝われば効くし、伝わらなければ効かない!」

「脱力して体重をしっかり伝えるようにするんだ!」

「体重体重体重!」

こんな風に毎日体重を上手く使う方法を教えてやれば、中学の頃には立派に相手を殴れるようになるだろう。

ボクシングに限らず、全てのスポーツ、運動は体重を上手く伝えてあげられるかどうかにかかっているから、それをお父さんから幼少時に学べるのは素晴らしいことだ。運動で困ることはなくなる。

 

しかしこれだと、見せかけじゃなくて、本当に強くならなきゃだめということになるね。やっぱり格闘技やって本当に強くならなきゃだめか。

邪道だと思いますか? でもこれが古来の子供の育て方だから、やっぱり武道は必要だと思うな。