【人は誰でも一冊の本を書き上げられる】あなたの回りで起こっている日常を収益化しよう

何かあると電話をしてくる友人がいる。

 

病院に勤めているのだが、病院内の珍事件だったり同じ部署で働く人の仕事のミスだったり、
特に何をするわけでもないのに毎朝出勤時間の2時間前に出勤してきて、ずっと座ってる男だったり、
レントゲンを見ても別に何ともないのに、勝手に骨折していると決めつけて、歩かせるような治療をせず、そのまま歩けなくなってしまった患者さんの話や、

毎日昼に二郎ラーメンを食べる男がいて、食べ終わってからの午後の勤務時間中に、そいつの毛穴全身から二郎ラーメンの匂いがすることだったり、とにかくひたすら何でも話す。

 

これはこの友人に限ったことではないと思う。
基本的に人間は自分の周りで起きたことをベラベラと話すだけの生き物だ。偉い人も頭の悪い人もそこは同じだ。

 

しかし稼ぐ人と稼げない人は違う。
稼ぐ人はこうして無駄にベラベラ話すくらいだったらそれを収益化したいと考える。

せっかく面白いことがあったのに、たった一人の友達に電話しておしまいというのは少し欲が足りない。

YouTubeを開けばどうでもいい男がどうでもいい話をしているので、それに遅れをとってはいけない。

 

友達はだいたい3時間ぐらい病院内の愚痴をしゃべり倒す。
俺はほとんど相槌をしているだけだ。ほとんど自分の話はしない。
よくもまあ3時間もずっと話せるものだと思う。全部活字に起こしたら一冊の方が出来上がってしまうと思う。
いや事実出来上がってしまうのだ。

 

本なんてものは10万字ぐらいで一冊出来上がってしまうから、病院内で起きた事件を俺に話すことなく、その都度書き溜めていけば十分に一冊出来上がってしまうのだ。

仕事から帰ってきて友達に電話するならともかく、本を完成させるために孤独にキーボードを打つのはしんどいだろうか。確かにしんどいだろう。

しんどい上に何の意味のあるかもわからないだろう。
一体誰が読むのか。自分の小さな世界の出来事など。

友達だから話すけど、自分のことを知らない人間に色々言ったところで何も面白くないだろう。

 

しかし、そう思うかもしれないが、そんなこともないのだ。

一生懸命頭をひねくり回して誰かを楽しませようと何かを書くよりも、ただ自分が目の前に起こっている普通の日常を綴る方が求められるものなのだ。
みんな、野次馬なのだ。あなたの才能よりもあなたの生活を見たいのだ。

特に病院内の様子は、これから理学療法士だったり看護師を目指す人間が読んでみたくなるかもしれない。

何にせよ、くだらなかろうが、くだろうが、月に1万か2万ぐらい収入が増えるんだったら、それだけで喜ばしいことだ。

 

何より今は音声入力がある。
一生懸命キーボードを叩いたり、椅子に座って机に向かわなくたって、友人に話すようにスマホに向かって話したらいい。それでお小遣いが発生するのだ。

それすら面倒くさいのだったら、顔出ししたり顔を出さなかったり、どちらでもいいので、動画で撮影してしまえばいい。

友達に電話するような感覚で始めたらいい。
俺と電話したところで金は発生しないけど、一つ大きな電子の巨人にダイヤルしてみれば何かが変わるかもしれない。

もう最悪、俺と電話しているのをそのまま録画しておいてYouTubeに流してしまってもいいのだ。

こんな楽なことはないだろう。

その手間をかけるかかけないかで、人生が変わってくる。そういう時代だ。

 

収益化できるのまで半年や1年かかるかもしれないけど、別にいいじゃないか、それくらい。

とにかく今自然に成していることを収益化させるために動くことだろう。