まったく文章が書けないので、コメダ行って初めてブログを執筆したときの様子

今日は初めてコメダに来てみた。家にいても遊んでばかりで全然ブログを書かないからやって来た。


コメダWi-Fiが繋がってないので、仕方なくブログを書くしかない。ご飯も済ましてきたから腹も減ってない。ブレンドコーヒーを一杯頼んだ。520円だ。1ヶ月ぐらい何も書いてなかったけど、こうして書くことができた。書く内容はまだ決まってない。昨日会った出会い系の女の話でも書こうか?


面白いとかつまらないとか全く考えないで書けば、とりあえずは書ける。無理して書いても仕方ない。何も書かない方がいいんじゃないか思うが、それを振り切って、ただキーボードを打つことはできる。果たしてこれが正解かはわからない。


文章は何を書くかよりも何を書かないかが重要だと誰かが言っていた。スティーブン・キングだったかな。


カフェに来て文章を書くのは初めてだ。生まれて一度も、カフェを利用して勉強したり仕事をしたことなんてない。友達ともまずこない。コーヒー一杯が500円なんて馬鹿げている。


今書いていて思うことは、カフェに来て執筆をするのもそんなに悪くないということだ。俺は夜の21時に来店してから、今21時10分となるが、とりあえずキーボードを叩いている。今日は、コメダの閉店時間である23時までは何かを書こうという決意で来た。自宅だと2時間集中して打てればいい方だ。大体は1時間でやめてしまう。それ以上文章と向き合っていられないのだ。


遠藤周作氏は、作家の条件は、毎日7時間、机に向かっていられることだといっていた。俺もそう思う。面白いことが書けることよりも、毎日長時間机に向かっていられるかの方が重要だと思う。習慣が大事だ。作家とは、面白い作品を作れるから作家ではない。10万部売れたからでもない。編集がついたからでない。毎日ずっと書いていられるから作家なんだろう。


面白い記事を書けるようになりたいが、面白いものを一心不乱に追いかけようとして文章を書こうとすると、面白いものが離れていく。心も窮屈だ。一文一文を面白いエッセンスで凝縮して、全ての文章を面白い塊にできたら、素晴らしい。それに対して、今書いていることはどうでもいいことだと思う。ただ書く。ただ書くということだけしている。

 

現在は21時30分。とりあえず30分は書き続けている。家だと考えられない。最近はハンターハンターいぬまるだしっを全巻読み直していた。漫画はこの2つしか持っていない。所有したくなるほど素晴らしい漫画はこの2つだけだ。


ハンターハンターは既に漫画界で神のような作品として君臨しているので、今更説明もいらないだろう。漫画であれだけ感情の伝達を好き勝手にできたら、作者も気持ちいいだろう。俺も何度か漫画を描いてみたが、とにかく窮屈だ。生徒会室で会議しているところから始まるストーリーだったが、生徒会室が書けない。椅子は書けない。座ってる人間は書けない。仕方ないので、背景の素材をダウンロードしてこようと思った。何を書くにしても、素材やツールを頼りにしていかなければならないというのか。およそこれは、漫画を描くために生まれた人間の所業ではない。描ける人は余計なものに頼らずスラスラ描いていく。


絵が上手い人は、少ない線で説得力のある絵が描けてしまう。手を抜いていても、線の一本一本が意味を成している。訓練の賜物なのか、生来のものか、両方かもしれないが、訓練していなくても、パッと意味のある線を描けてしまう人はいる。


カイジいぬまるだしっのように、絵が下手でも、感動させる漫画を書ける作家はいる。俺だって同じ人間だ。きっと努力すればなんとかできるかもしれない。未だに漫画を書いてみたいという欲求はある。やはり漫画は美しい。媒体として完璧だ。エンターテイメントはやはり手軽が望ましい。ストレスがあってはならない。こんなブログの文章なんてものはエンタメとして最悪だ。分厚い小説も、誰が読みたいというのか。


それでも、俺がブログを書く理由は楽だからだ。全然書こうとしないが、書いてしまうと楽だ。結局楽でないと続けられない。漫画は1コマ描くだけで、強いストレスだった。ニンテンドーの元社長の岩田氏や、林修氏が「自分のしたいことより、できることをしろ」と言っていた。


俺はブログなら書けてしまう。書かないときは全く書かないが、こうしてコメダに来て強制的に書かなければいけない状況にあれば、今のように30分は書き続けていられる。以前は頭に自然に浮かぶ文章を無視して、とにかく意味のある文章を打ちたくて、頭に浮かんでくる文章を追い払って、懸命に一つ一つ何かを掴むように推敲しながら文を綴っていた。その頃は1時間も2時間も経っても、ろくに文章は進まないし、苦しくて続けられなかった。


こんなテーマがあっちこっちにいったり、何を伝えるか明白でない文章だけど、楽に色々書けるというは大事なことだと思う。


これを漫画でできたら、いいなぁと思う。白紙の原稿に向かって、何も考えず、頭に浮かぶ世界を描き写していく。そんなことができたら素晴らしいと思う。誰もが、必死に原稿と戦って漫画を完成させられることは可能だと思うが(実際俺は読み切り漫画は5本くらい完成させたことはある)、今、文章を打っているように、自然に、ストレスなく描いていけるようには絶対にならない。


けど、悔しい。文章なんて大体の人は書ける。うちの社長はライターでも小説家でもないが、患者の医療計画書の文章は凄まじい。きれいな文章だなぁと惚れ惚れする。きっと絵はそれほど上手くないだろう。文章は、そこそこみんな書けちゃうのだ。俺はそのレベルよりずっと遠くにいたい。

 

無理して自分のしたいことを実現するということは前途多難だ。リターンもない。今、自分が楽に実現できてしまうことに注力するということが大事だ。


それが大事という話になるのだろうか。


歯切れが悪くて申し訳ないが、今はそんなふうに考えている。もう、いろんなことに疲れた。挑戦はしたい。魂のために、赤く燃え上がって、美しく爆ぜたい。だが、理想のために向いていないことをするのに疲れた。


今、飛行機を描け、といわれても、飛行機の形なんてよくわからない。そういうことなんだろう。それだけ、日常生活における観察力が不足している。友人で描ける人は描けてしまう。


才能とは観察力のことだ、とある風景画家がいった。納得できる。文章力も観察力だ。頭にあるメッセージを純粋な形で転写する。そこには、目に見えないなんらかの思念体を観察する力が必要となる。


ボクシングを数年やったがそうだった。目に見えない、なんらかの、世界があった。その世界の法則性を見極め、体で、五感全体で感じ取るということ、それも、観察力なのだ。


そこを感じ取れない人間というのは出世しないだろう。


1時間経った。いちいち時間を気にしてしまう。普段書かないから、1時間書き続けられたことがとっておきのことのように思える。


遠藤周作は7時間かぁ。すごいなぁ。そんなに書けないなぁ(笑)


バルザックは15時間? 寝てる以外の時間は全て執筆していたそうな。


ほとんどの人は、作家の書く時間よりも内容のほうが重要だと考えるだろう。

オレは別だ。


毎日書き続けられるということの方がすごいと思ってしまう。がんばってもあと1時間が限界だ。頭に浮かんでいる言葉を写しているだけなので、この先、まだねばって書いても、クオリティーに差は生まれないと思う。


15時間!? 無理だ!


読む方も嫌にならないか?笑 1時間でこれだけ書いた。これだけでもまぁまぁの文章量だ。4200文字だ笑 原稿用紙10枚分だ。これが10時間書いたとして、10倍の量になって、42000文字になったら、誰が嬉しくて読むというのか(笑)


こんなよくわからない記事が42000文字になっても喜ぶ人は稀だろうが、漫画だったら、喜ばれることだろう。


漫画は読みやすい。ずっと読めてしまう。自分が一生懸命書きまくっても、小説やブログじゃ、もういいよ、といわれてしまいそうな恐怖がある。だが、漫画は量があればあるほど喜ばれる。


友達はカイジを読んでいて、3巻くらいのときに、あと10巻以上も残ってる、こんな幸せなことはない、本当に幸せだといっていた。

 

 

今日は初めてコメダに来た。


カフェで執筆はなかなかいい。


520円は高い。けど、よかった。


家じゃ今頃タブレットをいじっていただろう。


しかし、家ならお金をかけずにずっと書いていられるのに、どうしてこんな遠回りなことをしなくてはならないのか。図書館はどうだろう、試したことはないが、本が近くにあったら探してしまうかもしれない。学生時代もコメダに来て勉強してたら、もっといい大学入れたかな?


家での誘惑に負けてしまうぐらいだったら、その程度の気持ちなのだ、と考えていた。だが、環境の力というものは強力だ。これから520円かけてブログを書きにこようか。毎日通ったら、15000円か笑 馬鹿らしい。自分の意思が弱いばっかりに毎月15000円かかるのか。あほらしい。

 

書けば書くほど、書くことが生まれてくる。何かを書こうとしてキーボードに向かってはいけない、ということか。とにかく一文を書けば、書くことが生まれる。それは、つまり、ただ机に座ればいいということか。


いつも、書くことに対しての記事になってしまう。書きたくても書けなくて悶えているから、こんな記事ばかりになるんだろう。息苦しい記事だ。はやく死んだらいい。本当はもっと色々書きたいのだが。


こうやって、書くことを書いてばかりいたら、いい加減飽きるだろう。


本当に誰が読むんだろう(笑)


出会い系の話を書こうと思ったが、全然違う話になってしまった。