人生で一番腹が立つときはどんなときか

友人が人生で一番腹が立ったことは、自動車の教習所に申し込みの電話をいれたときのことだったらしい。


「あ、あの、車の、あの免許を、その、とりたいんですけど」

「君は誰? どこの何の人? コースとか色々あるけど?」

「えーっと、◯◯◯です。コースはえーと、なんていうか、免許とれればいいんですけど」

「だから免許取りたいって行っても、マニュアルかオートマとか色々あるでしょう。短期受講コースもあれば、長期に渡って少しずつ履修していくものもあるし、合宿だってあるでしょ? そもそもなに? 大学生?」

「大学生です」

「君ね、電話する前にちゃんと調べてきなさい、調べれば全部書いてあるんだから」

「はぁ……」

「君も高校卒業していい大人なんだから、それくらいしっかりしなさい」

「で、なに? 春休み使って短期で取りたいの?」

「はぁ……」


といった会話になったらしい。このやりとりが人生で一番腹が立ったとのことだ。

 

企業や公的機関やらに電話すれば、ほぼ間違いなく受付は丁寧に対応してくれる。いきなり◯◯がしたいといっても、それに適したプランを紹介してくれる。敬語で、優しく話してくれる。友人は、自動車学校もそんな感じだろうと思って電話をかけたんだろう。


だが、自動車学校というのはなぜか高圧的な人間が多い。俺も初めて乗車訓練したとき、座ってシートレベルして、そのあと何をしていいかわからなかったので、えっと、どうしましょうか?と聞いたら「鍵いれてエンジンかけなきゃどうしようもないでしょ!」と急に怒られて、「は、はいぃ!」といってがんばってエンジンをかけた覚えがある。その後も「親とかが運転しているの観察してこなかった?」「一旦停止って書いてあるじゃん、何で見えないの?」「今日は許すけど、次サンダル履いてきたら帰ってもらうから」と散々の小言を言われたばかりではなく、助手席にだらけたように座って、欠伸して、昼にうな重でも食べたように油っこくて、平気で溜息を吐かれた。女学生には優しくて、へんなプレゼントを渡したりしていた。やりたい放題だなぁと思った。


まるで学校だと思っている(学校なんだけど(笑))。受講する生徒も、高校を卒業したばかりで、みんなヒヨコみたいにピヨピヨして歩いているので、舐められやすい。なんでもハイと言ってしまう。


俺は25歳の頃、中型バイクの免許を取るために、再び自動車学校に通ったのだが、もう25歳になれば大人だ。怖いものもなくなってきた。あのときいじめられた分の復讐してやる!! 少しでも小言いってみろ! フルスロットルで体当たりしてやる!! という決意で向かったのだが、なんてことない。25歳に対しては大人しい対応をする。そんなに高圧的ではなかった。だが、やはり愛がない。一般企業に比べて接遇面では大きく劣る。

 


そして何を申そう。俺も同じなのだ。俺も、人生で一番腹が立ったことは、こんな些細なことなのだ。パスタ屋でバイトしていたとき、よくわからない警備員に急に足止めされて、バイトに遅刻してしまったことなのだ。


パスタ屋は総合デパートの中にあり、従業員は一般客みたいに簡単に出入りできないようになっていた。入退管理する入り口があって、そこから入らなければならず、俺は肉まんを食べながら入退管理室に入って、名前を書いてエレベーターに乗ろうとしたら急に警備員に呼び止められた。


「すいません、営業の方ですか?」

「違います、8階の◯◯◯のバイトです」

「アルバイトできた人?」

「はい」

「……(警備員、ここで少し顔つきが変わる)」

「食べながら入ってきていいと思ってんの?」

「はい?」

「食べながら入ってきていいのかって聞いてんだよ!!」

「……(俺氏、びっくりする)」

「8階の◯◯◯ね。こっちから電話入れておくから、帰っていいよ」

「いや、すいません。困ります」

「今日は帰りなさい」

「あ、あの、すいませんでした」

「……」

「……」

「すいません……」

ここで、俺のバイト先の従業員が入ってくる。名前を書いてエレベーターで上がっていく。怒られている俺を不思議そうに見る。

「すいません、次から気をつけますんで」

「ダメだ」

そこから20分くらい謝り続けて、やっと解放してもらった。


全くもってふざけた話である。今の俺だったらとっくにこいつの拳銃を奪って射殺している(警官じゃないから拳銃はもってないか(笑))。さすがに18歳というのはピュアだ。大人に怒られるとすいませんしか言えない。


まず一つ。アルバイトか営業か確かめてから怒ってきたのが腹が立つ。これが営業の人間だったら、何も言わないで通したんだろう。若いアルバイトなら舐めてもいいと思った、アルバイトは警備員より格式が低いと思ったんだろう。


二つ。食べながら入ってくることは行儀がいいものではないが、それで出勤が許されなくなるレベルではない。そもそもこいつにそこまでの権限はない。仕事が退屈で、つまらないから、時間つぶしをしたくなったんだろう。いじめと一緒で、人間をおもちゃにしたくなった。俺を傷つけて、その分を自分の幸福へと転換したくなった。警備員の制服を着て立っていると、誰かを怒りたくなるんだろう。肉まん食べながら歩いているバカそうな奴を見て、それがピシャっとハマって、チャンスだと思ったんだろう。


結構、聞いていると、人生で一番腹が立つことは、このような些細なことだったりする。こんな小さな諍いで人が死んだり死ななかったりする。俺は、学校の階段で先輩にタックルされて階段から落ちて大怪我したこともあれば、八万のサンドバッグを買って詐欺で届かなかったことなど、もっと悪辣な人間に悪辣なことをされたことは沢山ある。にも関わらず、この警備員が人生で一番むかついている。他愛もないこと、すき家の水が温い方がむかついたりする。