同級生の後藤についての話

後藤は、中学、高校時代の同級生で、学校の中で孤立していた。だが、十代で早くも孤独が板についていて、そこまで悲壮感がなかった。普通の感性の持ち主は、孤独に負けてしまう。最低でも、孤独を意識してしまう。孤独は一人で家にいるときより、集団の中でこそ強く我々を苦しめる。どんなに強がっても、集団の中での孤独は、表情に出てしまう。別に孤独でも構わない。お前らと話したいと思わない。別にいいと、そんな顔をしてしまう、そんな顔を出さないようにと、一生懸命抗っても、その抗っている様子すら、顔に出てしまうものだ。特に、十代は。


後藤にはそんな様子はなかった。髪型がモジャモジャなのに角刈りで、おっさんがするような四角いでっかい眼鏡をかけていて、一度しかない青春時代をかなぐり捨てるという暴挙を、誰からも頼まれてないのに行っていた。かなり太っていて、太り方も異様で、水風船みたいにパンパンで、ピチピチしていた。噂によると、後藤は固形物は一切食べず、水しか飲まないとのことだった(本当だったらすごいことだ)。「自分が太っているのは水太りだ」といっていた。確かに、授業が終わると、後藤が廊下の水道に駆け込み、ガブガブ水を飲んでいてた姿を目撃した。本当に身体全体がピチピチしていて、上腕に鋭利な針を刺したら、ピューッと、勢いよく水が吹き出そうだった。その上、小さなジャージを着ているから(なぜか、学ランも非常に小さなサイズを着ていた)、ただでさえピチピチなのに、そんな小さいサイズを着るから、真性包茎みたいに常にギュッと締め付けられているような、苦しそうなファッションをしていた。太っているから、ジャージの上からでも、三段腹のラインがはっきり見えて、後藤の全裸をみることもなく、後藤の本当の身体の体型、ラインをありありと観察することに成功できた。


積極的に後藤と関わろうとするクラスメイトはいなかった。時折、若さゆえに、誰かをおもちゃにして刺激がほしいとき、後藤を見かけると、「ごっちゃん、昨日はオナニーした?」と聞いたり(後藤はしてないよ、と答えていた)。「ごっちゃん、オナニーしたことある?」と聞いたり(後藤はしたことない、と答えていた)、手短な暇つぶしの道具として扱っていた。後藤はそういうとき、一言で、なんの工夫もなく言葉を返すだけだが、クラスメイト達はめちゃくちゃ爆笑していた。若い男は、こういう人間で遊ぶのが好きだ。俺は学生時代が長かったが(中学、高校、予備校、大学、専門の全てを卒業した)、どこにでもこんな光景があった。だが、社会に出るとほとんど見かけない。


後藤には悪いが、俺は後藤のことを知的障害者と健常者の中間の存在だと思っていた。一応、養護学校に通わず、普通教育を受けているので、健常側の人間と証明されてはいるが、今ひとつ納得できないところがあった。ただし、養護学校に行き、卒業し、山奥のわけのわからない施設に連れて行かれて、時給50円で延々と手作業をさせられる人間とも思えなかった。


後藤が卒業したら、一体、どこで何をして生きていくのか不思議でならなかった。

 

とりあえず、後藤の生態を解剖する上で3つのエピソードを紹介する。

 

 

 

【横断歩道事件】

 

後藤は自転車に乗れなかった。何で乗れないのかわからない。きっと練習したことがないんだろう。自転車に乗れないことを恥だと思っている様子もなければ、克服しようとする様子もなかった。自転車に限らず、目の前のどんな問題も、どうにかしようとする様子がなかった。


どんなに体たらくで、努力が嫌いな生徒でも、周りの目を気にして、このぐらいは、という最低限の問題はクリアする。自転車はまさにそれだ。


後藤はバスを使って登校していた。後藤と俺の家は近くて、俺達ぐらいの登校距離だと、自転車を使うのが一般的だった。バスを利用して登校するのは後藤だけだった。後藤がサラリーマンと紛れて、バスから降りてくるだけで爆笑が起こった。


後藤は歩くのがとても遅い。バスから降りて、学校に行き着くまでに、横断歩道が2箇所ある。青信号になると、後藤は渡りだすのだが、歩くのがとても遅いので、中間地点に達したときには、信号が点滅してしまう。信号が点滅すると、後藤は、その地点からもとの場所に引き返そうとするのだ。半分なんだから、渡ってしまってもいいのに、戻ろうとするのだ。戻って、再び道路の横断を試みるが、また赤になってしまって引き返す。ずっと学校にたどり着けないのだ。半分だから、先へ進んでも、元に戻っても、同じ距離なんだから、どうせだったら、先に進んでしまえばいいのに、引き返すのだ。先へ進んでも、戻っても、車にさらされる危険度も同じなんだから、先へ進めばいい。先へ進めば、学校に着けるんだから、先へ進めばいいのに、戻ってしまうのだ。俺はとにかく、それが面白すぎて、道路を渡りきれない後藤を見るたびに爆笑していた。

 

 

【わざとだろ、事件】

 

後藤は、その性格から、絡まれていたことは述べた。特に悪質ないじめではなかったと思う。珍しい人間だから、ついつい、遊んでしまいたくなるのだ。俺は中学からの同級生だったこともあり(というより幼稚園からずっと一緒だ(笑))、後藤と長い時間を過ごしてきたこともあり、後藤をイカれてると思いながらも、可愛いと思っていた。愛情をもって、からかっていたつもりだった。からかうと、後藤はいつも嫌な顔をしたが、それでも、次の瞬間には何事もなかったように普通に話をしてくる男だった。家で飼っている猫もまさにそれだ。俺がどれだけイタズラしても、次の瞬間にはイタズラされたことを忘れてしまっている。ハンターハンターのゴンも、ハンター試験で忍者に腕を折られたが、次の瞬間には、完全に憎悪を置き去りにしていて忍者を感動させていた。後藤もまさにそれだ。俺はそれを本当に素晴らしく思う。


みんなでボール遊びをしていて、失敗した人間が罰ゲームすることになって、後藤の机をとにかくめちゃくちゃにするということになった。


友達がその罰ゲームをやることになって、教室に戻ると、クラスメイトがいて、後藤がいて、そんな中で、友達は後藤の机にづかづか向かっていき、机をガンガン蹴り始めた。後藤の机の中の物や、机の上にあったペンケースやらノートやらがめちゃくちゃに散らかって、机もひっくり返ってしまって、4本足が天井に向かっていた。教室にある机の中で、後藤の机だけが逆さまになっていた。逆さまになった後も、友達はずっと蹴りまくっていた。後藤はイタズラした友達のところまで向かっていくと、その友達に「わざとだろ」と言った。みんなポカンとなった。ん? と思った。友達は「わざとだろ、ってなんだよ」「わざとに決まってるだろ」「わざとじゃなかったから何なんだよ」といった。確かにそうだ。わざとに決まっている。わざとじゃなかったらなんなんだ? みんな「え?」「わざとだろ、?」「え?」といって、クスクス笑い始めた。笑いは、だんだん膨れ上がっていき、大きな爆笑になった。

 

 

 

西友 カゴ配り事件】

 

後藤は、うちの近所の西友でカゴを配っていた。


休日の早朝、西友に行き、買い物カゴがストックされている場所に行くと、一つ一つ買い物カゴを取り出し、利用する一人一人の客に対して、カゴを配るのだった。


ここで、はっきりいいたいのは、後藤は西友の店員ではない 。西友の店員ではないのに、誰からも頼まれていないのに、休日の早朝から、西友でカゴを配るのだ。


うちの親が、西友の買い物から帰ってくると「ねえ、あんたの同級生の後藤くん、今日も西友行ったら、またカゴ配ってたよ」といっていた。