一番いいコミュニケーションは、元気な顔で話しかけたら、後は聞き役に徹すること

コミュニケーションについては散々考えてきた。

 

どういう心的態度で、どんな話し方で人と話すのが最善なのか、よく考えてきた。

 

コミュニケーションのテクニック本も結構読み漁って、No. 1ホステスさんの本はとても参考になったけど、一番はエッカーマンゲーテについて語った本である。

 

バルザックも、中年でデブでブサイクにも関わらず、目だけが絢爛と輝き、愛想がよく、バルザックと話す人は、誰でもバルザックを好きにならずにはいられなかったという記録もある。

 

水商売やナンパ師、営業マン等のコミュニケーション論ではなく、こういった天才達によるコミュニケーションの仕方について考えてみたいと思う。



近くを少し観察してみると、

 

ヤンキーだの不良の連中は、早熟で、はやくもコミュニケーションの肝を抑えていて、上手く出世していったりもするが、頭打ちも早く、ある程度から進化しない。ポケモンでいえばコラッタのように、一回しか進化しないタイプである。

また、調子がよくてはきはきしているように見えても、根本のとこで薄っぺらいし、何より頭が悪いので、善悪の判断も間違えるし、問題の奥深くまで立ち入って解決するようなことはできない。そして、声のトーンを下げて、相手の胸中に静かにふんわり響くような優しい音色で人と話すということが最後までできない連中である。

 

晩成の人は、昔は根暗で名前を呼ばれても上手く返事できなかったりと、散々苦労するケースが多いが、悩んで考えてきた分、後になって、持ち前の優しさに加えて、後天的に学習したコミュニケーション力を駆使して、よい結果を果たせてる人が多い気がする。20代後半までは役に立たず、童貞であることが多いが、だんだんと優しさと度胸が同居してくる。持ち前の優しさと頭の良さに頼って行動すれば、世の中の大体は解決できるんだと自信が生まれてくる。あれほど苦手だったヤンキーも、ここに頼って話せば何も問題ないと気づくようになってくる。

 

俺がコミュニケーションに関して一番大事なこととして言いたいことは、精神的境地からコミュニケートするということだ。





エッカーマン著の「ゲーテとの会話」という本を読んだところ、ゲーテは様々な思索と実験の結果、誰とでも上手くコミュニケーションをとれるようになったと語っている。そして、エッカーマンから見たゲーテが誰かと会話している様子を記述している箇所がある。

 

これもうろ覚えだが、意味するところに間違いはないから安心してほしい。

 

あるパーティー会場のことで、ゲーテは老年であるにも関わらず、青年のような顔つきで、さわやかで、明るい表情で、気持ちのいい空気を放っていたそうである。パーティー会場には沢山の人がいたが、ゲーテは、全て、自分から話しかけていくとのことだった。他愛もないことを2、3個口にすると、自然と相手が口を開くようになり、相手が話し始めると、ゲーテは聞くことに徹し、相槌や会話の理解に努めている様子だったとのこと。そして、その間は目がルンルンと輝いて、本当に心からその人に興味を示しているような、愛しているような表情だったとのこと。その空気に触れると、誰もが元気になって、勢いよく話さずにはいられなくなったらしい。

 

エッカーマンが始めてゲーテにあった時も、すごい文豪だから、椅子に座って黙って踏ん反り返って、深妙な顔つきをされるんじゃないかと緊張していたら、とても元気が良く、精悍な顔つきで、初めて会ったのに、旧来の友人の様子で話しかけてきたという。終いには、君には私の手伝いをしてもらいたい、私のもとに引っ越してくるといい、一緒に仕事しようといわれる始末で驚いたという。

 

なかなか、こう思い切ったことはいえない。口先や雰囲気だけの優しさだけではなく、初めて会った人に、最善のおもてなしができる行動の優しさも備わっている。そこに中途半端な優しさがないのだ。

 

多くの人は、心の中にある好意や思いやりを胸に秘めたままで、それを外に出して伝えようとしないが、ゲーテはちゃんと外に出して、それに対しての責任もとれる人間だったのだと思う。

 

胸の中にある様々な思惑の中でも、愛だけにフォーカスし、それを取り上げる。そして、溌剌として、気持ちのいい感情だけを発信するようにして、その他の感情に取り合わない。元気の良さと人を想いやる愛だけを充溢させて、研磨し、そしてそれだけを取り上げて人に接するということに専心してきたものだと思われる。

 

ホステスや営業マンのような感じのいい対応をしてくれる人はいるが、どこかテクニックが透けてみえて、生身でぶつかってくるような感じはない。たしかに、いい感じで相槌を打ってくれたり、こちらの意見を否定しないし、笑ってくれたり、ぽろっと言った一言を大事に拾い上げくれたり、掘り下げてくれるので話しやすいが、生身のエネルギーが伝わってこないのだ。

 

テクニック本とかだと、うなづきかどうとか、視線がどうとか、相手の仕草を真似するとか、立ち位置とか、間とか笑いとか、色々あるが、たしかに俺も試してみて効果が実感できるものはいくつもあったが、やはりテクニックはテクニックで、小手先感は否めない。やられて嬉しいけど、同時に寂しくなるところがある。



俺が考えるに、テクニックを越えて、愛のみで全て乗り越えようとしたコミュニケーションが最善だと思う。



これを実行するには、ひたすら瞑想して、魂の錬成が重要になってくることは間違いないだろう。まず、気持ちのいいオーラで自分を形成し、それを崩さないようにする。そういうオーラは人に伝わるし、人を惹きつける。相手もいい気分になる。そして、その行為に責任をもつことだ。